2015年5月18日月曜日

『尾生の信』 芥川龍之介






芥川龍之介の小品『尾生の信』です。
中国の春秋時代、魯の尾生という男が、橋の下で女と会う約束をして待っているうちに、雨で川が増水してきます。それでも男は女を待ちつづけ、ついにおぼれ死んだという故事から、「固く約束を守ること」また、「ばか正直で、融通のきかない」たとえとして用いられます。
芥川は、何か来るべき不可思議なものばかりを待ち続けている自分には、きっと尾生の魂が宿っているのだろうと語っています。
同じ言葉の繰り返しとカメラ映像のような描写が素敵です。

小説の元となった詩稿を掲載しておきます。

たそがるる渭橋の下に
來む人を尾生ぞ待てる
橋欄ははるかに黒し
そのほとり飛ぶ蝙蝠
いつか來むあはれ明眸

かくてまつ時のあゆみは
さす潮のはやきにも似ず
さ青なる水はしづかに
履(くつ)のへを今こそひたせ
いつか來むあはれ明眸

足ゆ腰ゆ ふとはら
浸々と水は滿つれど
さりやらず尾生が信(まこと)
月しろも今こそせしか
いつか來むあはれ明眸

わざ才(ざえ)をわれとたのみて
いたづらに來む日を待てる
われはげに尾生に似るか
よるべなき「生」の橋下に
いつか來むあはれ明眸


江守徹さんの朗読で聞きたいなあと思いました。

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