本屋さんにはない昔の作家の埋もれた作品や、気に入った言葉を集めたものを 手キン(アナログの印刷機)で印刷して小さな本を作っています。
2016年12月31日土曜日
新年に
年が改まると気持も変わる。きっと今年は想像もしなかった「いい事」が待っている気がする。根拠は無いが強く感じる。毎年そう思うのだが当たったためしがない。
※前回のトップページの俳句は西山宗因(1605-1682、談林派の祖)でした。今回は前のものを少しアレンジしています。
2016年12月30日金曜日
年の暮れに
明日ありと思ひ過ごしし怠りを集めてなげく年の暮れかな
久 世
どなたさまもよいお年を。
2016年12月16日金曜日
中島敦『狐憑』
中島敦『狐憑』を作りました。
何か気の利いたコメントを書きたかったのですが、思いつかないのであらすじだけ。
「ネウリ部落のシャクに憑きものがしたといふ評判である。」
平凡な若者だったネウリ部落のシャクは、弟の無惨な死をきっかけに譫言(うわごと)を言うようになりました。村人たちは「憑きもの」がついたシャクの話を聞こうと毎日
彼の家に
集まってきます。はじめは弟を失った悲しみを語っていた彼でしたが、やがて自分の望んだもの(それは湖を泳ぐ鯉であったり、草原の牝狼であったり)の哀しさや楽しさ
を
語るようになりました。
遠い昔、文字が存在しない村で起こった事件。興味のある方は文庫本を読んでみてください。
2016年12月1日木曜日
次の本が出来るまで その41
七十二候(しちじゅうにこう)
「七十二候」とは、「二十四節季」をさらに約五日ごとに分類し気候の変化や動植物の様子を表現したものです。
12月2日より12月31日までを掲載します
。
※大雪 次候の虎始交は画家、中村不折氏の作品です。最後に製作者のリストを
掲載しておきます。いつか本にできればと思っています。
しかし印をひとつずつ押すのは大変でしょうね。でも楽しそう。
2016年11月28日月曜日
次の本が出来るまで その40
芭蕉 座右之銘
人の短を云ふこと勿れ。
己れが長を説くこと勿れ。
銘に曰く
もの云へば脣寒し秋の風
芭蕉が旅の心得を説いた「行脚の掟」という一文がある。
座右之銘と言われている言葉もこの中にある。少し長いが引用したい。
2016年11月17日木曜日
次の本が出来るまで その39
古代数学者ディオファントゥスの墓碑にはこんな文章が記されているという。
いいなあ、こういうの。
2016年11月9日水曜日
次の本が出来るまで 番外
世界はどこへ向かうのだろう?
友よ、答えは風に吹かれている
。
ディランが言った。(と思う)
2016年11月7日月曜日
石川啄木『第十八号室より』
石川啄木『第十八号室より』を作りました。
後半は『悲しき玩具』より何首かを抜粋して掲載しています。
いつからか腹が膨らんできた啄木が病院に行ったところ慢性腹膜炎と診断されます。痛みもないので初めは医者の診断を疑っていた啄木も、腹に挿したゴムのチューブから黄褐色の液体が流れ出るのを見て入院を決心します。
『第十八号室より』はそのころの作品です。
その後も身体が回復せず、家庭内の問題や家族の死など不幸も重なって、病気と困窮の中、結核により
26
歳の短い生涯を閉じました。
2016年11月1日火曜日
次の本ができるまで その37
時雨(しぐれ)
いつまでと世の浮雲はつれなくて晴れるも老いが身はしぐるらん
萩原宗固翁
七十二候(しちじゅうにこう)
「七十二候」とは、「二十四節季」をさらに約五日ごとに分類し気候の変化や動植物の様子を短い言葉で表現したものです。
今回は11月2日より21日までを掲載します。
2016年10月24日月曜日
次の本が出来るまで その36
芭蕉の附合集からひとつ紹介します。
「やさしき色に咲ける撫子」
という句があります。
これに自分の句を付けてひとつの情景を表現するのが附合※です。
芭蕉はこれに下のような句をつけました。
その場で思いついたのか、使うため用意していたのかは分かりませんが、
このような艶っぽい句を作る芭蕉はやはりただ者ではありません。
※連歌,俳諧の用語。 (1) 連歌、俳諧で、五・七・五の長句に対して七・七の短句を、または七・七の短句に対して五・七・五の長句を付け合せること。またはそのようにして付け合された二句一組のこと。(ブリタニカ国際大百科事典)
2016年10月21日金曜日
次の本が出来るまで その35
大雅堂
むかし、ある人が画家の大雅堂に訊いたことがあつた。
「先生、つかぬ事をお尋ねするようですが、絵といふものは一体どんなところがむづかしいので……」
大雅は一寸額へ手をやつた。
「さやうさ。絵のむづかしいところといへば、まづ、紙の上に何一つ描いてないところでせうな。」
さすがに大雅だけあつて、絵の急所を知つている。
これを芸術家の生涯に見るも、その最も芸術的なのは、製作の最中よりも、寧ろ沈黙静思の間だといつていい。
※薄田泣菫。どの本に載っていたかは不明です。
下は大雅堂「草書千字文」の一部
天地玄黃(テンチゲンコウ)
宇宙洪荒(ウチュウコウコウ)
日月盈昃(ジツゲツエイショク)
辰宿列張(シンシュクレッチョウ)
2016年10月19日水曜日
次の本が出来るまで その34
何となく心に残ったものを掲載します。
ご存知の句もあると思いますがご寛恕のほどを。
2016年10月14日金曜日
次の本が出来るまで その33
「うき世の果てはみな小町なり」
芭蕉翁が尚白に話したところによると「うき世の果てはみな小町なり」と云う付句はずいぶん前から頭にあったが、なかなかこれに合う前句がでない。以前、正秀庵の席で「坂ひとつ見あげて杖にものおもひ」と云う前句があった。これはまさしく年老いた小町の姿ではあるが、いまひとつ句中の実を顕すことは難しい。
その後選集を作るときに「さまざまに品かわりたる恋をして」の前句がでて、これだとばかりにこの句をつけた。これこそ浮世のあだにより百歳の老婆に色をつけ、我家の寂、俳中の教えとも云えるものだろう。若い人は参考にしてほしいと顔を輝かせたという。
2016年10月13日木曜日
次の本が出来るまで その32
志賀直哉氏のことば
幸福そうな若い美しい、金持ちの娘を見ると、どんな幸福がこの人を待っているかという気がする。この人が誰かと結婚する、其所にどんな幸福が待ちもうけられているかと思われる。 然しそれは分からない。どんな不幸が其所に待伏せしているかと考える方が真に近い。もっと正しくいえばどんな平凡さが待ちかまえているかと思う方が間違いない。現在はどんな幸福に待たれているかという予想で幸福なのである。
※「この頃のむすめは多くけもの扁」という江戸川柳もある。
2016年10月4日火曜日
次の本が出来るまで その30
芸術と天分
(前略)
自分は思う。芸術的な気質がどんなに乏しい者でも、感覚が鉛のごとく鈍重である者でも、感情が豚の如く痴愚である者でも、どんなに心の貧しい者でも創作に与(たずさ)はつて一向差支えないものだと思ふ。創作の欣びと、鑑賞の欣びとを比べて見れば、陰と日向とのやうなものだ。どんなに天分の貧しい者でも、遠慮して、陰にのみ坐つている必要はないと思ふ。
どんな天才者の作品を読むよりも、──ゲーテだとか、ダンテだとか、シェイクスピアだとか、近代のいろいろな天才を束にして挙げてもいいが、──自分で一句の発句を作り、一首の歌を詠む方がどんなに楽しいか。どんなに、その作品が、他人からは貧弱であっても、自分自身の物を、一行でも書く方がどんなに楽しいか。
自分以外のどんな天才者が作った広大壮麗な藝苑の中へはいつて行くよりも、自分自身で(他人から見ればどんなに貧しくても)自分自身の花苑を作る方がどんなに楽しいか。自分は何う考えて見ても、享受するよりも、創造する方が、どれほど欣ばしくやり甲斐のある仕事であるか分からないと思ふ。(後略)
菊池寛「芸術と天分」より抜萃
※わたしもそう思う
次の本ができるまで その29
ときどき唐詩(漢詩)を眺めたくなります。しっかり読むと眼が疲れるので、ぼんやりと遠い景色を見ているように、文字を眺めているだけです。字面をボーと見ているいるだけですが、いつのまにかに漢字の意味を考えたり、詩の背景を想像しています。また見たことのない漢字が頻繁に出てきます。解説文を読んで、なるほどそういう意味かと感心し、そしてすぐに忘れてしまいます。唐詩はわたしにとって最上の睡眠導入剤です。
五言古詩から『述懐』(魏徵)を掲載します。
有名な「人生意気に感ず」という言葉があります。内容は各自でお調べください。
2016年9月21日水曜日
夏目漱石『硝子戸の中』
漱石『硝子戸の中』を作りました。ガラス戸のうちと読みます。
この作品は大正4年(1915年)1月13日から2月23日まで39回にわたり『朝日新聞』に掲載されました。およそ100年も前のことです。
他人にはあまり関係ないつまらぬことを書くと前置きして、作者の身辺のことや思い出が淡々と綴られています。今回はその6、7、8回分の話を抜き出し、タイトルも
そのまま
『硝子戸の中』としました。
或る日若い女が自分の過去を聞いてほしいと訪ねてきます。話を聞くと女は生きることが辛いといいます。「死なずに生きてらっしゃい」と語りかける漱石ですが、日頃から「死は生よりも尊い」と思っている自分が、このような助言をすることに違和感を覚えます。
(解説が下手ですみません。だいたいそんな話です)
2016年9月13日火曜日
次の本が出来るまで その28
志賀直哉の言葉
(青臭帖より)
「年をとると」といふ。
自分が年寄ったという事をエクスキュースにする傾向が近頃の自分に少しある。
これは悪い。やめよう。
過去を語る興味も面白くない。気の利いた人間のする事ではない。聞きづらい事である。
これもやめよう。
衣食住の通らしい事をいふ事。これも悪趣味。やめよう。
芸談、創作苦心談。これもやめ。
然し他人の悪口はやめる訳には行かぬ。但し感情入りの悪口は聞き苦しい。
感情なしの悪口差支へなし。
思いあたる老人がここにもひとり。
2016年9月5日月曜日
次の本が出来るまで その27
いつものように場つなぎに句をいくつか掲載します。
最後の歌はちょっと下品でしょうか。
2016年8月30日火曜日
次の本が出来るまで その26
いろは唄
「いろは唄」は仮名の手習いとして近代まで用いられました。重複のない四十七音に仏教的な意味を歌い込んだもので、弘法大師空海が作ったと伝えられています。あまり知られていませんが、これ以外にも本居宣長の作ったものや、明治36年、万朝報の懸賞で当選した坂本百次郎の「鳥啼く歌」があります。
※最近頻繁にトップページの変えるのは「すぐ飽きる」からです。
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