2021年6月3日木曜日

次の本ができるまで その203

 芥川龍之介 『SODOMYの発達』 


 これはSODOMYの発達を書こうと思うものである。自分自身の事実に多少の粉飾を加えるのが前のVITA SEXUALISと違っている点である。HEROの名は「清」とした。別に意味のある事でもない。


 清が十一歳の時であった。 

 清の友達に木村関雄と云う少年があった。毛の薄い雀斑のある瘦せぎすなたちで、笑うと口もとが左へまがる癖があったが清とは誰よりも仲よくつきあっていたのである。

 時は春の中ばであった。学校の庭には海棠や木蓮が咲くし狭い池の水もどんよりと柔かな藍色に濁って、何となく暖みのこもった感じをあたえている。その春の日の午後に、清と木村とは掃除番で他の生徒が一時間体操をしている間だけ教室にのこって、はたきをかけたり塵を掃いたりする役になっていた。

 用がすむと二人は、向きあった机に腰をかけて、一緒に教科書を見はじめたが、木村ははじめから何となくそわそわして、落ちつかないようであった。何かと云うと清の手をとったり首をなでたりする。清は格別気にもとめなかったが、唯何となくそれが六月蝿かったので、その都度に顔をしかめてとられた手をはなした。勿論教室の中には誰もいない。

 隣の教室で読本をよむ声がするより外は、何もきこえない。白い壁にさげられた時計の針はまだ十分すぎたばかりである。窓からは青くはれた空が見えていた。

 木村は幾度も居ずまいを直したり、身体をゆすったりした。そして、話のついでに、清の傍へよる。そして、仕舞には、清の背から手をまわして、丁度両手で抱いたようになる。

 と今度は、顔を次第に近づけ始めた。時々頬と頬とがふれる。木村は益々力をいれて抱くようにする。

 時々話がきれると、清はそれをしおに、木村の手をはなそうとしたけれども、中々はなさない。そうして、しばらくすると、

「君、僕は君にLOVEしちゃった。君はLOVEって事をしってるかい、えっ」と云った。

 清は黙っていた。知っているような、知っていないような事である。

 その中に、木村は一そう力を入れて、清を自分の胸の方へひきよせた。ところが清がそれを抗がおうとして、左の手を木村の膝へかけると、手がすべって木村の帯の下へさわった。そしてそこに、袴の上から、固いもののあるのを感じた。そうすると、木村は急に早口に「しようよ、ねっ。いいだろう、ねっ。いや、えっ」ときいた。清は何だかわからないので「何を」とききかえした。前に書き落したが、清は木村より二つ年下である。

 木村は黙って、清の袴の紐をといた。その時清は、何かがかすかにわかったような気がした。けれども、まだ淡い恐怖に似た感じがするだけで、慥には何ともわからなかった。木村は又、自分の袴もとくと、そこの土間に清を押し仆した。「およしよ、およしってば」「いいじゃないか、ねっ、いや? いいだろう、ねっ」木村は左の手で、清の肩を仰えて起きないようにした。そして右の手で、自分の前をひろげると、又清の前もひろげた。二人ともSARMATAは、はいていなかった。

 「およしよ、関さん。およしってば、よう」

 清は多少の羞恥を感じたので、こう云った。木村は小さな声で「いいじゃないか、いいじゃないか」と何度も繰返した。

 そうして自分の□したを、清のそれに力づよく押しつけた。清のそれはしていなかった。

 清は仰むいたまま、自分の□□□□□に、熱い固い木村のそれを、幾度となく感じたのである。

 その中に木村は、黙って前をあわせて、袴の紐をしめた。清も同じようにした。

 木村は「誰にも云うのはよし給えよ」と云った。清は好意を以てその注告を守ったほど、まだ何もしらなかったのである。


※冒頭からの一部を掲載しました。伏字のところはローマ字表記です。問題があれば削除します。

 「VITA SEXUALIS」は『芥川龍之介未定稿集』(荒巻義敏編、岩波書店)に掲載されています。