短編
ジェフリー・アーチャー『十四の嘘と真実』の最初のページに載っていた短かい話。
死神は語る
バグダッドに住む一人の商人が、召使いを市場へ買物に行かせた。しばらくすると召使いが真っ青な顔をして震えながら戻り、主人に報告した。「だんな様、今しがた市場の人混みのなかである女と体がぶつかり、振りかえってみたところその女は死神でした。女はわたしを見て脅かすような身振りをしたのです。どうか馬を一頭お貸しください。この町から逃げだして死の運命からのがれたいのです。サマラの町までいけば死神に見つからずにすむでしょう」
商人は馬を貸してやり、召使いは馬の背に跨(またが)って脇腹(わきばら)に拍車をくれ、全速力で町から逃げだした。
それから間もなく、商人が市場へ行くと死神が人混みのなかに立っていたので、彼は近づいて行って話しかけた。「今朝わが家の召使いと会ったとき、脅かすような身ぶりをしたのはなぜですか?」
「あれは脅かすような身ぶりではありません」と、死神は答えた。「わたしはただ驚いただけなんです。じつは、今夜サマラで彼と会うことになっているので、バグダッドにいるのを見てびっくりしたんですよ」
※落語の枕のような気も。