S・モーム『作家の手帖』(2)
前回に続いて2作紹介します。
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彼は船荷会社の書記であった。十四の歳から二十二年間、同じ会社で働いた。
二十八で結婚したが、細君は一、二年で病気にかかり、それなり不治の病人になっていた。
彼は献身的な夫であった。彼が保険印紙を盗みはじめた。
彼はそれで細君にうまいものをいささか買ってやれたとは云え、それは特に金が欲しいからというのではなく、自分を雇い主が信用しているほど実直な、信頼できる社員でないと考えるのが愉快だったためである。
するうち彼の盗みが発覚した。彼は解雇されるだろうと思い、またおそらく監獄へ入れられるだろうと思い、そうなると誰も妻の世話をみてくれる者が無いと考えて妻を殺した。
彼女が死んだのを見て、その頭に枕をあてがい、からだには立派な羽根ぶとんを着せた。
それから妻の可愛がっていた犬を獣医の所へつれて行って、苦しまずに殺してくれるように頼んだ。自分でそれを殺すにしのびなかったからである。
彼は警察へ自首して出た。
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死にかかっている詩人がいた。
彼が重症なので、面倒を見てやっている友人は、彼の妻に電報を打った方がいいと思った。
彼の妻はへぼ画家で、ロンドンのある小さなギャラリーで自分の個展を開くために行っていた。友人がその細君を呼んだことを告げると、病人は憤った。「なぜ君は僕を安らかに死なせてくれないんだ?」と叫んだ。
誰かが彼に、籠に入れた桃を贈ってあった。「あいつがここへ来たら、まずすることは一番いい桃をさがすんだ。それからそれを食べながら、自分の事を喋り出し、ロンドンでは成功だなんて云うにきまってるんだ」
友人は彼女を停車場へ迎えに行って、アパートメントへ連れて来た。
「まあ、フランシスコ、フランシスコ」と、部屋へはいるなり彼女が云った。彼の名はフランシスだが、彼女はいつもフランシスコと呼んでいた。「大変なことになったわね! おや、見事な桃ですこと。どなたが下さったの?」彼女は一つ選んで、そのみずみずしい果物にかぶりついた。「内見をやったんですけどね、名のある人がみんな来ましたわ。大成功よ。絵は誰もがみんな讃めてくれてよ。あたしをとりまいてね。すばらしい才能だって云うことなのよ」
彼女は喋りつづけた。ついに友人が、もうおそいから御主人を眠らせなければいけないと云った。「あたしがくたくたよ」と彼女は云った。「ひどい旅行だったわ。一晩中腰かけっぱなしよ。やりきれなかったわ」
彼女はベッドわきへ行って病人にキスしようとした。彼は顔をそむけた。
※このストーリーに肉付けして小説に仕上げるのでしょうね。知らんけど。