2023年4月28日金曜日

次の本が出来るまで その275

短い話



 テームズ河の水夫がある女と恋に陥ちたが、金がなくて、彼女に食事をおごることもできなかった。彼は水に溺れている男を認めた。その男はまだ死に切ってはいない。だが生きている男を助けたのでは金がとれない。ともかく彼はその男の服に鈎をかけて引っ張った。男は陸へ上げられた。見ていた一人が、まだ完全に死んではいないといった。水夫は彼をふり向き、口ぎたなく罵った。そして溺れた男を仰向けに横たえて、蘇生しないように見張った。そうして彼は、五シリングを得て、情婦を連れ出した。



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 三人の女が裁判所で調べられた。売春婦たちだった。二人は丈夫だったが、中の一人は肺病で死にかかっていた。丈夫な二人は金があったので科料を払ったが、三人目は払えなかった。十四日の拘留。だがじきに二人は、寒い折だったにかかわらず自分らのセーターを質に入れて引き返して科料を払った。二人は病気の女を施療院へやるのを拒んだ。「わたし達で最後を見てやるんだから」と云い、三人は連れ立って売春宿へ帰って行った。彼女たちはそれから一カ月間、死にそうな女の世話をしてやった。彼女は死んだ。二人は葬式費用を払った。そしてその葬式に行って、各々花束を持ち、新しい黒の服を着、霊柩車の後から車を走らせた。



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 ある女が、坐って自分の亭主を見つめていた。彼は酔っぱらって寝ていた。それが結婚二十年目の記念日だった。彼と結婚した時、彼女は幸せになれるだろうと思った。怠け者で飲み助で薄情な男と一緒になった彼女の生涯は労苦と惨めさそのものだった。彼女は次の部屋へ行って、毒を飲んだ。聖トマス病院へ担ぎ込まれて彼女は命をとり止めたが、自殺未遂で、裁判所へおくられた。彼女は何んとも釈明しなかったが、娘が証人に立って、母親がなめた労苦をみんな裁判官へ申し立てた。彼女は週十五シリングを受け取る条件で離婚する、という判決を受けた。夫はその離婚に署名し、し終えると、十五シリングを出して「これが最初の一週間分」と云った。彼女はそれを取り上げて亭主の顔へ投げた。「お前さんの金なんか貰うものか」彼女は叫んだ。「それよりわたしの二十年を返しておくれ」 


※S・モーム『作家の手帳』より