2022年4月26日火曜日

次の本が出来るまで その236

 恋愛名歌 


萩原朔太郎が古今集より選んだ恋の歌三首。解説も同氏。



古今集恋の部の巻頭に出ている名歌である。時は初夏、野には新緑が萌え、空には時鳥が鳴き、菖蒲は薫風に匂っている。ああこのロマンチックな季節! 何ということもなく、知らない人ともそぞろに恋がしたくなるという一首の情趣を、たくみな修辞で象徴的に歌い出してる。しかも全体の調子が音楽的で、ちょうどそうした季節の夢みるような気分を切実に感じさせる。けだし古今集中の秀逸であろう。



作者不詳とあるけれども、歌の格調から推察して業平の作であろう。業平はこうした調子の高い、重韻律でリズミカルな歌を好んで作った。彼の歌には気概が強く、格調上にも奇骨の稜々たるものがある。まさに英雄的恋愛詩人であるけれども、芸術家としての天分はさのみ高い方でなく、もちろん人麿等の万葉詩人に比して劣っている。しかし凡庸歌人の凡庸歌集たる古今集の中で見れば、さすがに何と言っても独歩の特色ある大歌人で、他に比肩する者を見ない。



恋は心の郷愁であり、思慕のやるせない憧憬である。それゆえに恋する心は、常に大空を見て思いを寄せ、時間と空間の無窮の涯に、情緒の嘆息する故郷を慕う。恋の本質はそれ自ら抒情詩であり、プラトンの実在を慕う哲学である。(プラトン曰く。恋愛によってのみ、人は形而上学の天界に飛翔し得る。恋愛は哲学の鍵であると。)この一首は縹渺たる格調の音楽と融合して、よく思慕の情操を尽くしている。古今集恋愛歌中の圧巻である。


※何十首にもわたりこのような解説をする朔太郎の語彙力には脱帽です。