2020年5月16日土曜日

芭蕉翁『幻住庵記』評釈

『幻住庵記』評釈


『幻住庵記』評釈です。芭蕉の文章だけだと短くて本にならないので、参考書を元に自分の程度にあわせて解説をいれました。しかし誰が読んでも面白いというものではありません。少数の読書家が本棚の奥の埃だらけの文庫本を取り出すきっかけになればと思っています。

二つなき翁なりけり此の道におきなといへば此の翁にて   本居宣長


元禄三年四月、門人曲水の叔父、幻住老人が以前住んでいた石山の奥の小庵を訪ねた芭蕉は、山中の風物がたいそう気に入り、ここを「幻住庵」と名づけ仮の住居としました。移り住むこと半年、悠々自適の心境や日常のありさまをさびた文章にしたためました。数多くある芭蕉の俳文の中で『幻住庵記』は『奥の細道」と並ぶ名文といわれています。


※コロナが落ち着いたら一度訪ねてみたいと思っています。

2020年5月12日火曜日

次の本が出来るまで その163

無題


『寺田寅彦全集』第六巻(昭和二十五年、岩波書店)より短文を掲載します。

 大学の構内を歩いて居た。
 病院の方から、子供をおぶつた男が出て来た。
 近づいたとき見ると、男の顔には、何といふ皮膚病だか、葡萄位の大きさの疣(いぼ)が一面に簇生(ぞくせい)して居て、見るもおぞましく、身の毛がよだつやうな心地がした。
 背中の子供は、やつと三つか四つの可愛い女の児であつたが、世にもうらゝかな顔をして、此の恐ろしい男の背にすがつて居た。
 さうして「お父ちやん」と呼び掛けては、何かしら片言で話して居る。
 その懐かしさうな声を聞いたときに、私は、急に何者かゞ胸の中で溶けて流れるやうな心持がした。(大正十二年三月、渋柿)


※ありますね、こんな事。