2024年10月1日火曜日

次の本ができるまで その312

 アナトール・フランス『エピクロスの園』より


無知

 無知は、幸福の必要条件であるばかりでなく、人間存在そのものの必要条件である。もしもわれわれが一切を知ったら、われわれは一時間と人生に堪えられないであろう。人生は楽しいとか、ともかくも我慢できるものだとかわれわれに思わせる諸感情は、何らかの嘘から生まれるものであり、幻想によって育まれている。


                  ✦

 死はわれわれを全く消滅させるということに、わたくしは異を立てる者ではない。それはいかにもありそうなことである。その場合には、死を恐れる必要はない。


   私が存在する時には、死は存在せず、死が存在する時には、

  私はもはや存在しない。[エピクロス]


                  ✦


老人

 老人たちは自分たちの観念にあまりにも執着する。フィジー諸島の人たちが、彼らの両親が年をとるとこれを殺すのもそのためである。彼らはこうして進化を容易ならしめるのに反してわれわれはアカデミーなどをつくって進化の歩みを遅らせる。


                  ✦


人生の真の姿

 人生は善いものだといったり、人生は悪いものだといったりするのは、意味のないことである。人生は善いものであると同時に悪いものである、といわなければならない。というのはわれわれが善悪の観念を持つのは人生によってだからである。いや人生によってのみだからである。実のところは、人生はえも言われぬものであり、恐ろしいものであり、魅力的なものであり、おぞましいものであり、甘美なものであり、苦いものであり、そしてそのすべてなのである。


                  ✦


偶然

 人生においては、偶然というものを考慮に入れなければならない。偶然は、つまるところ、神である。



※アナトール・フランスはフランスの詩人、小説家、批評家。芥川龍之介が『エピクロスの園』に触発されて『侏儒の言葉』を書いたと言われています。図版はジョン・エヴァレット・ミレーの『盲目の少女』。前回同様本文とは関係なく、気まぐれで入れました。


0 件のコメント:

コメントを投稿