講演の口調 寺田寅彦
ラジオなどで聴くえらい官吏などの講演の口調は一般に妙に親しみのない鹿爪らしい切口上が多くてその内容も一応は立派であるがどうも聴衆の胸にいきなり飛込んで来るようなものが少ない。
或会議の席上で或長官が或報告をするのを聞いていたとき、ふと前述の講演のタイプを思い出した。
長官はその属僚の調べ上げてこしらえた報告書を自分のものにして報告しなければならない。それで文句は分かってもその内容は実はあんまり身に沁みて居ないらしいので、それでああいう口調と態度とが自然に生れるのではないかという気がした。
これに反して、文士でも芸術家乃至芸人でも何か一つ腹に覚えのある人の講演には訥弁雄弁の別なしに聞いていて何かしら親しみを感じ、底の方に何かしら生きて動いているものを感じるから妙なものである。
学者の講演でもやっぱり同じようなことがあるようである。
空腹は中々隠せないものらしい。
(寺田寅彦全集 第六巻)より
※すぐにあの顔が浮かんできた。
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