2026年4月9日木曜日

次の本ができるまで その347

 定義集 最終


馬 鹿

最高の馬鹿とは、自分がそうでないと思い、自分以外のすべてがそうだと思っている人である。

グラシアン・イ・エラレス



           🃑



歴 史

まったく歴史とは、そのほとんどが人類の犯罪、愚行、不運の登記簿にほかならない。

ギボン『ローマ帝国衰亡史』


2026年3月20日金曜日

アーネスト・ヘミングウェイ『雨の中の猫』

『雨の中の猫』

ヘミングウェイの『雨の中の猫』です。
1924年に発表されたこの作品は、若い女性の目線で描かれた短編です。
イタリアに滞在しているアメリカ人の若い夫婦。妻がホテルの窓から外を眺めていると、雨を避けてテーブルの下にうずくまる子猫を見つけます。「あの子猫、かわいそう、ひろってくるわ」。妻は探しに行きますが、猫はどこかへ消えていました。降りしきる雨と噛み合わない夫婦間の会話……。ノーベル文学賞作家ヘミングウェイが簡潔な文体で描く心模様。


※ヘミングウェイは無類の猫好きだったらしい。

2026年3月8日日曜日

次の本ができるまで その346

 『定義集』2


戦 争

戦争は国家の疫病であり正義の墓場である。
武器にとりかこまれた法は沈黙する。
大部分の民衆はこれを呪い、平和を希求しているのだ。
そして常に民衆の不幸の上に呪わるべき繁栄を温存する少数者のみが、
戦乱を望むのである。
彼らの非人間性が、かくも多くの善良な人々の意志にまさるべきであろうか? 
過去をかえりみるがよい。
条約や姻戚関係や暴力や復讐は、現在にいたるまで何一つとして
確固不易なものを築きえなかったことがわかろう。
危険の防止には寛容と好意ほど確かなものはないことがわかろう。
戦争は新たな戦争を招き、報復を呼び、不寛容は不寛容を生むのである。

エラスムス『平和神の慨(なげ)き』


※人間=哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属に属する動物。他の動物に比べて脳が著しく発達しているが、過去に学ぶ能力は持っていない。

2026年2月27日金曜日

次の本ができるまで その345

 『定義集』


希 望

 わたしはおもった。希望というものは、もともと、ある、ともいえないし、ない、ともいえないものだ。それは地上の道のようなものだ。もともと地上には道などなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。

                              魯迅『故郷』


教 育

教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に、残っているところのものである。

アインシュタイン『晩年に想う』


音 楽

音楽は耳で食べるまんじゅうである。

兼常清佐



偶 然

 人生においては、偶然というものを考慮に入れなければならない。偶然は、つまるところ、神である。

A・フランス『エピクロスの園』


※なるほどね。

2026年2月19日木曜日

次の本ができるまで その344

 子規 『歌よみに与うる書』より


  月見れば千々(ちぢ)に物こそ悲しけれ
           我身一つの秋にはあらねど


という歌は最も人の賞する歌なり。上三句はすらりとして難なけれども、下二句は理屈なり。蛇足なりと存候。歌は感情を述ぶる者なるに理屈を述ぶるは歌を知らぬゆえにや候らん。


※画像は Barnett Newman / OnementⅠ(1948)

2026年2月3日火曜日

ジェイムズ・サーバー『妻を処分する男』

 『妻を処分する男』ジェイムズ・サーバー

1894年、アメリカオハイオ州コロンバス生まれのジェイムズ・サーバーは、週刊誌『ニューヨーカー』に文章と挿絵を発表し、ユーモア作家としての地位を確立しました。

『妻を処分する男』は秘書の女性と結婚するために妻を殺害する計画をたてた主人公が、何とか妻を地下室へつれていこうと躍起になるのですが、妻は動じることなくあれこれ指図します。気弱な男性と支配的な女性という関係をユーモラスに描いた短編です。


※「三月(みつき)経ち つくり笑いも 上手くなり」。私事ながら年明け『万能川柳』に投稿しました。載らないので、多分没だったのでしょう。衆議院選挙で見る機会が増えましたが、いまだにあの笑顔には馴れません。

2026年1月27日火曜日

次の本ができるまで その343

『エセー』より 



最も思いがけない、短い死。短い死は、人生の最高の幸福である。


                  ✦


彼はよい評判よりも、むしろ大きな評判を欲していた。


                  ✦


過ぎ去る年は、一つずつ、われわれの幸福をわれわれから奪う。


                  ✦


死はなるほど人間の一生の最も注目すべき行為であるが、われわれは死に際しての他人の覚悟を判断するときに、つぎの一つのことを見失わないようにしなければならない。それは、「人はなかなかこの最後の時に来たと思わない」ということである。これが最後の時だと決心して死ぬ人はほとんどない。また、このときほど、希望のごまかしがわれわれを欺くことはない。

 希望はたえず耳元で笛を吹く。「他の人たちはずっと重い病気だったのに、死ななかった。お前が思うほど絶望的ではない。もっと悪いばあいにも、神様はいろいろ奇蹟を示してくださった。」これはわれわれが自分のばあいをあまりに重大に考えすぎるところからおこる。


モンテーニュ(1533-1592)


※思い残すことがないように。

2026年1月19日月曜日

次の本ができるまで その342

 ずっと前のどうでもいい話


近所のうどんやへ行った。ちょうど昼時で混んでいた。
「どうぞ~、座敷のほうへ〜」案内の声にすすめられ、大きな机のある座敷にあがって腰をおろした。
と同時に、作業服の男が四人、ヘルメットを手に入ってきた。
私はいやな予感がした。
席を探す男たちに店員は、「こちら、すみませんが相席でお願いしま~す」
男たちは私の座っているところにどかどかとあがりこんできた。
私は一番奥の隅の方に座っていた。うしろは壁だ。
男が四人(私を含めて五人)座ると、肩が触れあうほどの距離でかなり窮屈だ。
店員が運んできたお茶を奥から身体をのばして受取りながら、「うどん定食」を注文した。
この時点で一刻も早くこの場所から去りたいと思っていた。
汗と埃にまみれた男たちはおしぼりで首を拭きながら、しきりに親方の悪口を話している。
親方は随分嫌われているらしい。
次は女性の話になった。あいつとヤッタとか、ヤラないとか。
そんな話を仲間のように聞きながら、私はなかなか来ない「うどん定食」を待っていた。
やがて、男たちの分と一緒に運ばれて来た。
私は流し込むように慌てて食べた。
しかし一番奥の私は、並んで座っている二人の背中を跨ぐように飛び越えなければ外へ出られない。
それは何となく無理だと思った。
私はあきらめて、湯呑に残ったお茶を啜りながら、全員の食べ終わるのをじっと待っていた。
やがて全員が食べ終え、思いおもいにたばこを吸いだした。(この頃の店は禁煙ではなかった!)
話も尽きたとみえ、誰も口を開こうとしない。何か気まずい沈黙が続いた。
私はそれを自分のせいかなとも思った。
しばらくは壁のお品書きなどをぼんやり見ていたが、我慢も限界になり、心をきめ立ち上がった。
男たちの背中と壁の間をすりぬけて座敷から降り、急いで勘定を済ませた。
外に出ると、天気は上々で白い雲を浮かべた青空がひろがり、初夏の爽やかな風も吹いている。
すこし気分が良くなり、そのうちにいいこともあるだろうと思い直して帰路についた。


※スマホなどが無かった頃の話です。
絵はアンドリューワイエスの「クリスティーナ・オルソン(1947)」。4月に東京で展覧会がある。
自分は9月のあべのハルカス美術館へいくつもり。楽しみです。

2026年1月9日金曜日