菊池寛の言葉
自分の生活の折々に 石川啄木全集総内容
ボクは詩歌はあまり好きでない。只石川啄木の歌集のみは青年時代のボクの愛誦禁じ得ざるものだった。それは歌といふよりも歌の形式に盛られた小説の断片だったからでもあらう。
自分は「一握の砂」「悲しき玩具」の歌を今でも数十首覚えている。中につき「眼閉づれど 心に浮ぶ何もなし さびしくもまた 眼をあけるかな」の一首の如き、自分の生活の折々何百度頭に浮んできたかわからない。
自分は「一握の砂」「悲しき玩具」の歌を今でも数十首覚えている。中につき「眼閉づれど 心に浮ぶ何もなし さびしくもまた 眼をあけるかな」の一首の如き、自分の生活の折々何百度頭に浮んできたかわからない。
——啄木。人及び作品
(昭和三年十二月一日「改造社文学月報」第二十二号)
※そうか、彼の歌は小説の断片だったのか。納得できた。
