2018年4月6日金曜日

萩原朔太郎『虫』

萩原朔太郎『虫』


 萩原朔太郎は近代的な孤独をうたった「月に吠える」や,無為と倦怠を主調とした「青猫」など口語自由詩による近代象徴詩を完成し、以後の日本の詩壇に大きな影響を与えた詩人です。


昭和12年雑誌『文藝』に発表された「虫」はこんな話です。神経衰弱症の男が「鉄筋コンクリート」の〈本当の意味〉を知らないのは自分だけだと思い込み、いろいろな人に尋ねます。しかし誰も本当の意味を教えてくれません。当然ですね。それでも男は必死で答えを探しまわります。そしてある時、男は突然閃きます。「虫だ!」そんな話です。


※表紙の文字は転写シールで作成しました。擦ればすぐに剥がれるいい加減な仕上がりです。

2018年4月4日水曜日

次の本が出来るまで その90

薄田泣菫『茶話』より 親


場つなぎに掲載します。関西弁のゆったりとした響きがいい味で。

2018年3月26日月曜日

次の本が出来るまで その89

落柿舎を訪ねて


春分の日に落柿舎へ行きました。あいにくの雨模様でしたが人も少なくゆっくり散策を楽しむことができました。

遠くてよく見えませんが正面が落柿舎
「どなたかおらぬか」と中へ
振り返って中から見たところ
横に回って見る。入場者はわたしたち二人だけ
縁側からみた家のなか
建物の右側にある台所。井戸もある
床の間
手書きの嵯峨日記
庭に咲く梅の花。香りがほのかに漂う
雨に濡れた苔がうつくしい
静寂のなか、ししおどしの乾いた音が響く
縁側から嵐山を望む。熱いお茶が欲しい
庭を抜けて裏の離れにむかう
離れの全景。句会などが開かれることも
裏側から離れをみたところ
少し歩くと去来先生墳がある
墳の後の墓地にある去来の墓。小さな石が立っていた
※その後二尊院、大河内山荘の方を散策し渡月橋に出て嵐電で帰りました。

2018年3月20日火曜日

次の本が出来るまで その88

芭蕉の遺語集に作句の解説があります。

短いものを三ツ四ツ掲載したいと思います。


あけぼのや白魚しろき事一寸

あけぼのや しらうおしろき こといっすん

此句、はじめ『雪うすし』と五文字あるよし。無念の事なりといへり。


顔に似ぬ発句も出でよ初櫻

かおににぬ ほっくもいでよ はつざくら

此句は下の櫻いろいろ置きかへ侍りて、ふと『初櫻』にあたり、是、初の字の位よろしとて定まるなり。


名月や座にうつくしき顔もなし

めいげつや ざにうつくしき かおもなし

此句湖水の名月なり。『名月や児達双ぶ堂の縁』としていまだならず、『名月や海にむかへば七小町』にもあらで、『座にうつくしき』といふに定まる。


門人の句に


ぬしや誰ふたり時雨に傘さして

ぬしやだれ ふたりしぐれに かささして

と云ふ句あり。翁曰これは初五理屈なり。なしかふべしとあり。後に『後に月』とはいかがといへばよろしとなり。


※政治家の傲慢さばかりが目につく昨今である。本質をはぐらかすようなやり取りの中、唯一昨日心のある言葉を耳にした。理財局長が搾り出すように何度も口にした「いくらなんでも」「いくらなんでも」「いくらなんでも」

2018年3月8日木曜日

次の本が出来るまで その87

幸田露伴『推量』


自分の気持をくすぐるところがあったので紹介します。
ヨコ組のテキストのままでは読みにくいので、縦組みの画像にしました。


※ルビはあとでつけたものです。本文が旧かなづかいなので違和感があるかもしれません。

2018年2月22日木曜日

『めぐりあい』シャルル=ルイ・フィリップ

『めぐりあい』


 作者のフィリップは100年以上前のフランスの作家で35歳の時、腸チフスで亡くなりました。彼はパリの新聞「ル・マタン」に多くの短編小説を書いていましたが、作品は歿後『小さな町で』と「朝のコント』の2冊にまとめて刊行されました。日本では2冊とも大正時代から翻訳紹介され、人々に親しまれていたようです。


 「めぐりあい」は別れた夫婦が町で偶然出会うお話です。喧嘩腰のやりとりからやがてお互いが以前のやさしさを取り戻していくようすが簡潔な文章にまとめられています。



※本文は古臭く見えないようオールド+たいらで組みました。
 表紙の帯は2色にするべきでした。

2018年2月8日木曜日

『嵯峨日記』松尾芭蕉

『嵯峨日記』


 芭蕉は元禄四年四月十八日から翌月五日まで十八日間、嵯峨の落柿舎に逗留した。『嵯峨日記』はその滞在記録である。芭蕉の滞在中は去来、凡兆夫妻をはじめ乙州、李由、曽良、曲水、嵐雪、昌房、尚白、千那、史邦、丈草など老俳人に少しの寂寞をもあたえぬほどの賑わしさである。
芭蕉48歳、蕉門の一大選集「猿蓑」が世に出、一番油の乗り切った時期であった。が同時に芭蕉はひたすら浮世の外に住まんことを願っていたともいわれる。

「人来れば無用の辯あり、出でては他の家業を妨ぐるも憂し、孫敬が戸を閉て、杜五郎が門を鎖さむには、人なきを友とし、貧を富めりとして五十年の頑夫、自書みづから禁戒となす」と言っている。


※インフルエンザに罹り随分遅れてしまった。何度もやり直していたことも原因だが。

2018年1月30日火曜日

次の本が出来るまで その86

寒中お見舞い申し上げます


去年父親が亡くなったので、年賀状は出さず年が明けてから寒中見舞いを作りました。
今さらという気もしますが場つなぎに掲載いたします。


※白露とは水のこと。

2018年1月26日金曜日

次の本が出来るまで その85

民家採集


 わたしはこの本の図版をただ懐かしくながめている。達者なスケッチと簡単な間取図から家の中を想像し、薄暗い土間の臭いやナメクジが這う台所の湿った空気を思い出している。作者の今和次郎は全国を歩き回り地方の民家の特徴と構造を研究した民俗学者である。東京美術学校出身の和次郎は、その才能を発揮し精緻なスケッチを数多く残した。それらを見ていると民家のどこかに洟を垂らした幼い自分がいるような気がしてくる。





※『民家採集』今和次郎集 第3巻 2005 ゴメス出版
 図書館で借りた。

2018年1月16日火曜日

次の本が出来るまで その84

活版印刷


ネット上では活版印刷の特徴として強印圧による紙の凹みをアピールしているところが多い。凹凸をいかしたすてきな印刷物もたくさんある。挑戦してみた。


テーマに選んだのはジョン・ウィリー John Willie 

アメリカ合衆国で活躍したフェティッシュカメラマンおよびボンデージアーティスト。1946年から1959年まで主宰した「Bizarre」はノー・ヌード、ノー・セックスを謳い文句に、美しい女性の拘束された写真やイラストを掲載した。



横にあるのは両面コピーで作ったダミー。冊子にしようかとも思ったがやめた。


はがきを100円ショップの額にいれてみた。古くさい感じは悪くないがいかにも安っぽい。

結論からいえば凸凹をつけるのは無理だった。



追記
囚われた女性を強調するため鳥かごのイメージで箱に入れてみた。

※結局自分には目を引くような刷り物をつくる環境も感覚もないことを確認した。

2018年1月9日火曜日

次の本が出来るまで その83

新年に

油断して風邪をひいてしまった。もう世の中は動き出しているというのに、私といえばティッシュを鼻の穴に詰め込んでなかなか治まらない空咳に悩まされ続けている。
しかし新年の最新記事が遺言状ではどうも味気ない。そこで、新聞に載っていた文章を転載したい。果たしてこれが新年にふさわしいかどうか、読んでいただく方の判断にお任せする。

ファシズムの初期症候14項目


1 強情なナショナリズム
2 人権の軽視
3 団結のための敵国づくり
4 軍事の優先
5 性差別の横行
6 マスメディアのコントロール
7 国家の治安に対する執着
8 宗教と政治の癒着
9 企業の保護
10 労働者の抑圧
11 学問と芸術の軽視
12 犯罪の厳罰化への執着
13 身びいきの横行と腐敗
14 不正な選挙

※当てはまる国があちこちに。

2017年12月26日火曜日

次の本が出来るまで その82

森鴎外の遺言書


鴎外は生前遺言書を三通作成している。
初めは明治三十七年二月二十二日、日露戦争に軍医として従軍する直前に作られた。
文面には妻志げに対する不信感が窺える。
二通目は一通目の追加という形で大正七年に作られた。ここでも志げには冷たい。
最後は大正十一年七月六日、親友賀古鶴所に口述筆記させたもので「余は石見人森林太郎として死せんと欲す」の一文が知られている。
三日後、七月九日午前七時、鴎外は六十一歳(満六十歳)で逝去した。

※字が小さくて読めないかも知れません。


※いろいろあったんでしょうね、森さんちも。