2017年4月17日月曜日
2017年4月13日木曜日
次の本が出来るまで その57
そういえば……
そういえば、昔、成人式の日(1月15日だった)の朝刊には決まってサントリーの広告が掲載されていました。作家の山口瞳が書いていたものです。青二才だった私でもいい文章だと感心したことだけは覚えています。どんなものだったのかもう一度読みたくなり、図書館で文庫本を借りました。(「それぐらい買えよ!」と陰の声)
読んでみると、文章云々よりも、山口瞳のような〝大人〟が居なくなったことに気がつきました。
ひとつだけ掲載します。
2017年4月3日月曜日
次の本ができるまで その56
篆書百體千字文
唐の時代の書家、孫枝秀の手で作られた篆書を集めて編んだ千字文。漢字の奥深さを感じます。(だじゃれではない)
※ハガキ大のカードに試し刷りまで進めましたが、もうひとつ気に入らず止まっています。
2017年3月25日土曜日
2017年3月20日月曜日
2017年3月7日火曜日
次の本ができるまで その53
短編小説の極北
菊池寛のエッセイにこんな文章がある。
(前略)兎に角、退屈な二百枚も三百枚もの長編に依って、読者の忍耐を不当に要求するよりも、短編小説の方が、縦令愚作であつても、読者にさうした被害を及ぼさない丈でも勝つて居ると思ふ。が、日本の小説も段々短くなつて来たとは云へ、左に訳出する短編小説には、一寸及びも付かないだらう。蓋し短編小説の極北であるかも知れない。
として次の物語を紹介している。
2017年2月28日火曜日
次の本が出来るまで その52
米国のmotto E Pluribus Unum
エ プルリバス ウヌム
ラテン語で、Eはfrom, PluribusはPluralの複数、UnumはUni-/Unite/One。
英語では “out of many, one”「多数から一つ=複数州からなる統一国家」という意味で、1955年までは米国の標語(motto)となっていた。
薄田泣菫の何かで読んだことがある。
先日オバマ氏がニュースでこの言葉を使ってアメリカの現状を批判していたのを見て思い出した次第。
※どうでもいいことですが。
2017年2月25日土曜日
次の本が出来るまで その51
役にたたない話
中国では昔(今でもそうかもしれませんが)
十人の中で秀でた者を「傑」
百人の中で秀でた者を「豪」
千人の中で秀でた者を「俊」
万人の中で秀でた者を「英」
と言ったという。
※古いノートの隅に書き留めてあったもの。出処は不明です。
次の本ができるまで その50
志賀直哉氏のことば
その小説がいいか悪いかという判断は読んだ後に残る感じが一番正しい。
自分にはこれ以外の尺度はない。
●
更にそれから生まれるもののなき博学は下らない。
知識のコレクションに過ぎない。
読んだだけ、聞いただけが只残って行くという意味の物知りがある。
これは智慧というものにはならない。
●
気持の悪い想像
よく煮立てた牛乳のコップが私の前に置いてある。
私はそれに緑青をふいた二銭銅貨を二ついれ、よくかき回して飲まねばならぬ。どうもたまらぬ。
2017年2月23日木曜日
2017年2月14日火曜日
フランツ・カフカ『あるじの気がかり』
中島敦『狼疾記』
「今彼が読んでいるのは、フランツ・カフカといふ男の「窖(あなぐら)」といふ小説である。小説とはいつたが、しかし、何といふ奇妙な小説であらう。(中略)此の作者は何時もこんな奇体な小説ばかり書く。読んで行くうちに、夢の中で正体の分らないもののために脅されてゐるやうな気持がどうしても付纏つてくるのである」
彼は随分早い時期にカフカを読んでいたようです。
だからというわけでもありませんが再びカフカの作品をつくることにしました。
『あるじの気がかり』
あるじが気になるのは「オドラデク」です。「オドラデク」は見たところ、星形の糸巻のように見えます。だが、それは単に糸巻であるだけではなく、星形のまんなかから小さな一本の棒が突き出していて、この小さな棒と直角にもう一本の棒がついています。……こんなものが時々家に来るというお話です。
※ボール紙にかえて真鍮板を使用しました。
2017年2月6日月曜日
2017年2月2日木曜日
次の本が出来るまで その47
マーク・トウェイン
* * *
罪はその言葉ではない
心だ
その言葉のうらにある心だ
* * *
マーク・トウェイン(Mark Twain, 1835年11月30日 ─ 1910年4月21日)
アメリカ合衆国の作家、小説家。彼がいま生きていたらどんなジョークを言うだろう。
2017年2月1日水曜日
2017年1月24日火曜日
2017年1月18日水曜日
次の本が出来るまで その44
江戸時代の金持ち
京都の長者番付に、能衆(よいしゅ)、分限者(ぶんげんしゃ)、銀持(かねもち)と三つの区別がある。俗に能衆というのは、代々家職もなく、世間に知られた茶の湯の道具を持ちつたえて、雪には茶の湯、花には歌学(かがく)と風流に明け暮れ、商売ということを知らない人たちをいうのであろう。また分限というのは、その土地で人も認め、商売はやめずに手代にまかせ、自分は万事に手出しをしない人のことをいうのである。銀持というのは近代の成金で、米でもうけたり、そのほか様々な商品を買置きし、また銀貨しなどもして、自分で帳面など調べる人のことをいう。これはたとえ一万貫目(約八十億円)持っていたとしても、能衆、分限者と付き合うことはできない。
(井原西鶴「諸艶大鑑」より)
※私は能衆でも、分限でも、銀持でもないことをここに明言する。
2017年1月13日金曜日
次の本ができるまで その43
加賀の國に立花北枝(たちばなほくし)という俳人がいた。
北枝は金沢の大火で自分の家が焼けた時、芭蕉に一句を送ったという。
焼けにけりされども花は散すまし
その後運悪く再び火災にあい、この時に『家見舞』という集が作られた。その中に
焼けにけりされども桜さかぬうち
の一句があるという。
2017年1月7日土曜日
2017年1月5日木曜日
ご挨拶をかねて
年明けのご挨拶をかねて年賀状を掲載します。
原文は「義を守ること唐がらしに倣へ」(芭蕉)のあとに「色を思ふこと饂飩(うどん)の如くせよ」(去来)と続きます。どういう意味かはよくわかりません。いやわからなくはないのですがわざわざ説明するのが億劫で…。
2016年12月31日土曜日
新年に
年が改まると気持も変わる。きっと今年は想像もしなかった「いい事」が待っている気がする。根拠は無いが強く感じる。毎年そう思うのだが当たったためしがない。
※前回のトップページの俳句は西山宗因(1605-1682、談林派の祖)でした。今回は前のものを少しアレンジしています。
2016年12月30日金曜日
2016年12月16日金曜日
中島敦『狐憑』
中島敦『狐憑』を作りました。
何か気の利いたコメントを書きたかったのですが、思いつかないのであらすじだけ。
「ネウリ部落のシャクに憑きものがしたといふ評判である。」
平凡な若者だったネウリ部落のシャクは、弟の無惨な死をきっかけに譫言(うわごと)を言うようになりました。村人たちは「憑きもの」がついたシャクの話を聞こうと毎日彼の家に集まってきます。はじめは弟を失った悲しみを語っていた彼でしたが、やがて自分の望んだもの(それは湖を泳ぐ鯉であったり、草原の牝狼であったり)の哀しさや楽しさを語るようになりました。
遠い昔、文字が存在しない村で起こった事件。興味のある方は文庫本を読んでみてください。
2016年12月1日木曜日
次の本が出来るまで その41
七十二候(しちじゅうにこう)
「七十二候」とは、「二十四節季」をさらに約五日ごとに分類し気候の変化や動植物の様子を表現したものです。
12月2日より12月31日までを掲載します。
※大雪 次候の虎始交は画家、中村不折氏の作品です。最後に製作者のリストを
掲載しておきます。いつか本にできればと思っています。
しかし印をひとつずつ押すのは大変でしょうね。でも楽しそう。
掲載しておきます。いつか本にできればと思っています。
しかし印をひとつずつ押すのは大変でしょうね。でも楽しそう。
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