2018年12月25日火曜日

次の本が出来るまで その114

司馬江漢「春波楼筆記」より いいかげん現代訳


 私はいま七十いくつになり、若いころをふり返り感慨に耽ることがある。私は若いころより、志をたて、何か一芸をもって名を為し、死んだあとも名前が残ることを望み、一流の刀工になろうと思っていた。刀は何より武門の第一の器であり、これを造ることで後代に残し、名を後世に伝えることができると思っていたのである。

 しかし天下は治まり、戦がなくなると、人を斬る道具であり、凶器である刀は装飾品となり、武士は名高い古刀を武門の装いとするようになった。目貫、縁頭など刀脇差の飾りを愛玩する者も増え、中でも後藤家は後藤彫として名を馳せた。また宗眠、宗与、躬卜(みぼく)などが登場し人物虫魚に至るまで、工を競い合った。宗眠は、英一蝶の下絵を使い片切彫という毛彫で一流を工夫した。その二代目宗与もこれを継承し妙手であった。絵にたとえて言えば、後藤は高彫で、金銀その他赤銅火色四分一色々にまじえて形とし、これ極彩色のごとし。躬卜は、肉のある彫にして薄彩色のごとし。宗眠、宗与は墨絵のごとし。おのおの一流を工夫して一家をなしている。私はこの上の工夫がなければ名を得る事は難しい。ここにおいてきっぱりと諦めることにした。(後略)


Sword Guard (Tsuba)
Date:ca. 1615–1868
Culture:Japanese
Medium:Iron, gold

Sword Guard (Tsuba)
Date:18th century
Culture:Japanese
Medium:Iron, gold, copper

Sword Guard (Tsuba)
Date:18th century
Culture:Japanese
Medium:Copper-gold alloy (shakudō), gold, copper, silver

Sword Guard (Tsuba)
Date:19th century
Culture:Japanese
Medium:Iron, gold, copper

※参考までにメトロポリタン美術館の収蔵品から鍔の写真を掲載します。

2018年12月19日水曜日

次の本が出来るまで その113

昔の刑罰 五罪


五罪(あるいは五刑)とは笞杖徒流死(ちじょうづるし)をいう。


笞罪は十より五十回まで、杖罪は六十より百回まで。
笞罪も杖罪もどちらも杖で打つ刑。打つところは臀。昔は背中を打つこともあったが唐大宗の明堂醫経により改められた。


徒罪は五等あって、一年、一年半、二年、二年半、三年。徒は徒隷として、奴としてつかう事。五畿内の徒は京都へ送り、その他はその国々で一屋敷にまとめ、男は身の程に使い、女は裁縫はもとより米を搗かせたり雑用に使う。年限が来たら解放される。


流罪は近、中、遠の三等がある。
近流は越前(京より三百十五里)、安藝(京より四百九十里)、中流は信濃、伊予(京より五百六十里)、遠流は伊豆(京より七百七十里)、安房(千百九十里)、常陸(千五百七十五里)、佐渡(千三百ニ十五里)、隠岐(九百十里)、土佐(千ニ百ニ十五里)へ送られる。


死罪は絞と斬の二等で、頸を絞(しめ)るを絞罪といい、頸を斬るを斬罪という。絞は軽く斬は重い。なぜかというと、絞罪は、立春より秋分までの間は行わないことになっていて、斬罪にあたる重科人は秋分を待たずして首を刎ねるので、恩赦にあう可能性は少ないが、絞罪は秋分を待つあいだに恩赦にあえば、罪が軽くなり、徒流などに減刑されることもありうるからである。

                               「嚶々筆話」より


※なるほどね。

2018年12月8日土曜日

宇野千代『夜』

『夜』宇野千代


「夜」は現代短編小説全集(大正14年・文芸日本社発行)より選びました。宇野千代さんについてはよく知りませんが、恋多き女性だったようですね。「夜」は男女の話ではありません。飲んだくれの父親が帰ってこない。夜更けに母と娘は寝床に入る。土間の戸には燕のために丸い穴が空けてある。今夜は月夜らしい。丸い穴から光が差し込んでくる。父はどこへ行ったのだろう。……そんな話です。


※表紙は障子をイメージしてつくりました。

2018年12月3日月曜日

次の本が出来るまで その112

数えたら50冊


50冊になりました。覚えとしてリストを掲載します。感慨にふけることも、分析することもありません。そんな値打ちの無いことは本人が一番分かっていますから。ニ、三人の友人と自分のために、飽きるまでこっそりと続けようと思っています。

2018年11月22日木曜日

次の本が出来るまで その111

也有の老人教訓



▶人目見苦しきを知るべし

皺はよる ふすべは出来る 背は屈む あたまははげる 毛は白うなる


▶人の数ならぬを知るべし

手は震ふ 足はよろつく 歯はぬける 耳は聞えず 目はうとうなる


▶人のむさがるを知るべし

よどたらす 目汁はたらす はなたらす とりはずしては 小便ももる


▶人のかたはら痛く聞きにくきもの也

又しても 同じ咄に 子ふいてう(吹聴)達者じまんに 若きしゃれごと


▶かかる身の上をもわきまへず

くどうなる 気短になる 愚痴になる 思ひつくこと 皆ふるうなる


聞きたがる 死にともながる さびしがる 出交りたがる 世話やきたがる


                         狂歌集「行々子」より


横井也有(よこいやゆう)江戸時代中期の俳人。狂歌、和歌、書画、平家琵琶、
謡曲、武道などにも通暁していた。俳文集「鶉衣」は有名。


※てっきり自分の事だと思った。

2018年11月9日金曜日

太宰治『朝』

『朝』太宰治


自宅では仕事に集中できない太宰は、知人の家の部屋を昼間だけ借りています。そこはその家の娘の部屋でした。或る夜、飲み過ぎて家へ帰れなくなり千鳥足でその部屋を訪ねます。「泊めてくれ、すぐ寝るから…」。さてどうなることやら。 



※若いころ、太宰治に影響を受けた人は少なくないのでは…。小生もそのひとりです。

2018年10月29日月曜日

次の本が出来るまで その110

老人は


七十歳になったS・モームは言う。

 老人は自分を迷惑なものにしないように努めるべきだ。しいて若い者の仲間に加わろうとするのは軽率である。
 若い者はそのために緊張させられて決して打ちとけぬからで、自分が立ち去ればみんながほっとするのを察しられないようでは、彼は鈍感だと云わざるを得ない。(中略)

 老人は同じ老人仲間の交際につき合うよう忠告される。もしそこから何か楽しみが得られるなら幸いである。片足を墓場に突っ込んだ者たちばかりの集まりへ招かれるのは定めし、憂鬱なことにちがいない。愚人は年寄りになったからとてよくなるものではなく、愚かな老人は愚かな青年より遥かに退屈なものである。
 せめ寄る年波に負けまいとして胸くそわるい児戯のふるまいをする連中と、一方、自分たちが受け入れられぬ世の中になったことに業を煮やしてしばしば席をけってゆく頑固な連中と、どっちが耐えがたいか私はわからない。
 ともかくそんな風で、若い者たちには望まれぬし、同年輩の仲間はこちらで飽きあきだとすると、老人は見渡すところまことに寂寥のようである。

 そうなると彼に残されるのは自分以外になく、そこで私は、自分が誰よりも辛抱づよくこの私に満足して来たのを此の上なく有りがたいことと考えるのである。
 私はもともと仲間の大きな集まりに出るのを好まなかったもので、今、私の上に孤独が深まるにつれて私は一層満足を感じている。

 私は時折、自分の生涯をもう一度繰り返したいかと尋ねられることがある。大体において私の人生はかなりよいもので、おそらく一般の人々よりもよかったろうが、特にもう一度くり返したい気はしない。それはきっと、前に読んだ探偵小説をもう一度読むように気のぬけたものだろう。

 もう十分である。私はあっさりと苦痛なく死にたいと思うだけで、最後の息と共に私の魂も、その切望や弱さもろとも、無に帰すことを確信して満足である。

※ふむふむ。

2018年10月23日火曜日

次の本が出来るまで その109

天行病(はやりやまひ)


                                「閑窓瑣談」より


※今年はインフルエンザの予防接種を受けることにした。

2018年10月15日月曜日

次の本が出来るまで その108

気になった文章


『假名世說』 太田蜀山人 



※蜀山人が書いたものではなく編輯したもの。江戸の匂いが漂います。

2018年10月4日木曜日

フランツ・カフカ『観察』

『観察』カフカ



カフカの作品集『観察』より「独身男の不幸」「走り抜けて行く人々」「拒絶」「通りに向かう窓」の4篇を選びました。どれも妄想とも現実ともつかない状況や会話が続くだけで、筋らしい筋もありません。ただ日常生活にひそむ人間の孤独感や不安感だけが伝わってきます。



※印刷が下手です。

2018年9月24日月曜日

次の本が出来るまで その107

モーム語録 女について


女がどれほど不身持(ふみもち)だろうとそれは勝手だが、もし美人でなかったら、大した効果はないだろう。


                ⁂


男の理想の女は、相変わらずあのお伽話の、七枚のふとんを重ねてもなおその一番下に固い豆があるので寝られなかったという王女様である。


                ⁂


女の性格の中で、些末なものへの熱情と記憶の確かさほどすぐれたものはない。女は、数年前に友人らと語り合った、ほんのつまらぬ世間話の中の細かい事を、正確に話そうとすれば話せる。しかも更に悪いのは、実際にそれを話すことだ。


※いや、わたしの意見でなく、モームさんがそう言ってたという話で。

2018年9月17日月曜日

岸田國士『女七歳』

『女七歳』岸田國士


劇作家であり小説家でもある岸田國士は、フランスで近代演劇を研究して大正十二年帰国、翌年、戯曲「古い玩具」や「チロルの秋」を発表して、日本の新劇界に新風を巻き起こしました。


「女七歳」は散文集『言葉言葉言葉』(大正十五年・改造社発行)より選びました。が、なぜこの作品を選択したのか、はっきりした理由は思い出せません。帯にも書いていますが、少女の悲しみが心に引っかかったのだろうと思います。



※サイズを小さくしました。性格上、同じものを作るのは厭になるので、なるべく変えてみようとあれこれ試すのですが、けっきょく徒労に終わります。しかし無駄な時間をかけ悪あがきしたことで少し気持が満たされます。

2018年9月4日火曜日

次の本が出来るまで その106

モンテーニュの言葉


「エセー」から、気になった言葉をいくつかを紹介します。


過ぎ去った不幸の思い出は甘い。


♦


私は思い出したくないことを思い出す。

私は忘れたいことを忘れられない。


♦


軽い心配は多弁であるが、重い心配は無言である。


♦


葬式の心づかい、墓地の状態、儀式の立派さは、

生者の慰めにこそなれ、死者の助けとはならない。


♦


未来を知ったとて何の益もない。

いたずらに心を苦しめるのは不幸なことである。


♦


死そのものは、死の期待ほど苦痛ではない。


♦


哲学するとは死を学ぶことである。


♦


避けなければならないその時々の危険を予見することは

誰にもできない。


♦


いつか起こりうることは、今日にでも、起こりうる。


♦


何びとも、その隣人より脆いわけではないし、

何びとも、明日についていっそう確かなわけではない。


♦


運命はわれわれよりもすぐれた意図をもっている。


♦


各人の性格は、それぞれ自己の運命をつくる。


2018年8月27日月曜日

次の本が出来るまで その105

百人一首より (2)


前回の続きです。



※字がうまくなりたい。もう遅いか。

2018年8月20日月曜日

次の本が出来るまで その104

麻布で気がしれぬ


江戸の諺です。江戸の麻布に六本木と云う地名がありますが、どこに六本の木があってこのような名がついたのか誰も知らないことから、「木の知れない」と「気の知れない」をかけて、心の知れない人のことを麻布と云うようになりました。

別の説もあります。

桜陰主人が云うには、麻布で気がしれぬという諺は「気」ではなく「黄」である。その理由は近所に赤坂や青山、白銀台、目黒村があるが五色のうち黄だけがない。故に麻布で黄が知れぬというようになったのじゃ、と。

俳諧の発句に
夜の菊 花は麻布で 黄がしれぬ

※やつァ麻布で気がしれねぇやまッたく、と今も霞ヶ関では頻繁に使われています。

2018年8月15日水曜日

次の本が出来るまで その103

四季十二月名の由来


いろいろな説があるようです。そのひとつを紹介します。


※月名に感じる日本語の優しい語感。

2018年8月8日水曜日

次の本が出来るまで その102

立秋


今年ほど秋が待ち遠しい年はない。毎日判で押したような天気予報を聞くのもいいかげんウンザリだ。しかしもう暦の上では立秋である。いくら高気圧が頑張ろうと頑張るまいと、その場所を追い立てられる日は遠くない。例年ならば、肩を落として去っていく夏のやつれた後ろ姿を思うと一抹の寂しさを感じるが、ことしの夏にはそんな同情は微塵もない。

立秋の三候を掲載する。刻者は明治時代の著名人や芸術家である。

※七十二候に刻者の経歴を加えました。気が向いた時に掲載します。

2018年8月7日火曜日

次の本が出来るまで その101

カタカナの元字


わかりやすく並べてみました。元字は古い本からの引用です。


2018年8月1日水曜日

北条民雄『続癩院記録』

『続癩院記録』


北条民雄略歴

大正3年9月22日朝鮮京城に生まれた北条民雄は、昭和9年19歳のときにハンセン病を発病し東京東村山の全生病院に入院する。闘病生活のなかで文学に情熱を傾け、入院当初の異様な体験を描いた「いのちの初夜」が川端康成の推挙で「文学界」に発表され注目をあびる。その後も小説や随筆を発表、絶えず死と向き合いながら、ハンセン病患者としての宿命を直視し続けたが、37年腸結核により24歳で急逝した。(コトバンク)

社会から隔離された環境の下、必死で生きようとする患者たちの様子を、同じ病に苦しむ作家が描き出した『続癩院記録』。外部の者には想像できない日常が語られます。



※生産性語る女のあさはかさ

2018年7月30日月曜日

次の本が出来るまで その100

年号



時間大観の歌(一)

時永劫に比べては 千歳も須臾に異ならず 見よ百年の後の世を 汝もあらず吾もなし 共に生れて共に逝く 生死の旅の友なれば 世の人々のなつかしや

時間大観の歌(二)

かの光陰は矢の如く 百年後は明日ぞかし ああいかにせんいとほしや あのなつかしき人々も 一人残らず悉く 明日は墓場に行くべきを 吾も墓場に急がでや 百年後を偲びつつ

2018年7月16日月曜日

モンテーニュ『随想録』 

モンテーニュ『随想録』 第1巻第14章より抜粋 


モンテーニュは16世紀ルネサンス期のフランスを代表する哲学者です。彼が生涯加筆し続けた『随想録(原題:Essais)』は自分の経験や古典の引用を元に、人間性の本質を明らかにしようとしたものです。
今回抜粋した部分は難しい哲学の話ではありません。モンテーニュ自身が経験したお金の話で、お金が無い時と有る時の心情を正直に告白しています。五百年前のモラリストが語るお金とのつきあい方、なるほどと納得いくところも多く、私も含めて特に近頃の年寄りに読ませたい一文です。


※帯は製作中。『随想録』には印象に残る言葉も多く名言集が一冊作れそうです。

2018年7月6日金曜日

次の本が出来るまで その99

『百人一首』より


明治二十一年発行の本より抜き出したものです。その頃は万葉仮名を読める人がまだ世間におおぜい居たのでしょうね。






※文字も画も上手です。