2017年5月24日水曜日

次の本ができるまで その61

島


 諧謔作家のマーク・トウェインが、ある時ヨットに乗って航游していたことがあった。波の荒い日で、さすがの諧謔作家も青い顔をして、何一つものをいわないで、欄干にもたれたまま泣出しそうな目をしてじっと波を見つめていた。
 食堂のボーイは心配して、主人の顔をのぞき込むようにして訊いた。
「大分お苦しそうですが、何かもってまいりましょうか。」
 諧謔作家は咽喉を締められた鴎のような声をだした。
「小さくっていいから、島を一つもって来てくれ。」

                     薄田泣菫『猫の微笑』より

※動画は去年の使い回しです。だれも覚えていませんように。

2017年5月9日火曜日

泉鏡花『胡桃』

泉鏡花の作品『胡桃(くるみ)』を作りました。


コメントは中島敦「鏡花氏の文章」より抜粋しています。


(前略)

私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ。ということである。しかも志賀直哉氏のような作家は之を知らないことが不幸であると同様に、之を知ることも(少くとも文学を志すものにとっては)不幸であると(いささか逆説的ではあるが)言えるのだが、鏡花氏の場合は之と異る。鏡花氏の作品については之を知らないことは不幸であり、之を知ることは幸である。とはっきり言い切れるのである。


 泉鏡花というと奇怪な怪談話を想像しますが、そんな話ではありません。 旅人がおみやげを買おうと故郷の町の菓子屋に入ると、美しい新妻らしき女性が応対をしていました。旅人は初々しい女のようすを細かに観察し、その純真さにつけこんで小さな狼藉を働きます……。おみやげの胡桃はどうなったのか、若妻はどうしたのか、何度読んでもその結末がはっきりしません。そんな作品です。



※美しい鏡花の本をご存知の方は多分苦笑していることでしょう。なんとまあ品のない…

2017年4月30日日曜日

次の本が出来るまで その60

文章の美しさ


谷崎潤一郎が自著『文章読本』の中で志賀直哉の文章をこんな風に書いています。


(前略)氏の文章に於ける最も異常な點を申しますと、それを刷つてある活字面が實に鮮かに見えることであります。と云つても、勿論志賀氏のものに限り特別な活字がある譯はない。單行本でも雑誌に載るのでも普通の活字で刷つてあるのに違ひありませんが、それでゐて、何か非常にキレイに見えます。そこの部分だけ、活字が大きく、地紙が白く、冴えざえと眼に這入ります。これは不思議でありますが、なぜそう云ふ感じを起させると云ふと、作者の言葉の選び方、文字の嵌め込み方に愼重な注意が拂はれてゐて、一字も疎かに措かれてゐない結果であります。そのために心なき活字までが自然とその気魄を傳へて、恰も書家が楷書の文字を、濃い墨で、太い筆で、一點一劃苟くもせずに、力を籠めて書いたかのやうに、グツと讀者に迫るのであります。


※印刷した時の字面が美しいという見方は面白いと思いました。

2017年4月24日月曜日

次の本ができるまで その59

格言をひとつ


どんなに長生きしても、初めの二十年が

最も長い半分である。(サウジー)

※そうだ、たしかにそうだ。

2017年4月17日月曜日

次の本ができるまで その58

そういえば……


そういえば、金子光晴がある本で

カレー(たぶんドライカレー)のことを「からしのおぢや」

コーヒーのことを「豆の煮出し汁」

と書いていました。

面白い言い回しだったので今でも覚えています。


※いろいろな事が重なって次の本がまだ出来ません。連休中に時間を作って進めようと思っています。

2017年4月13日木曜日

次の本が出来るまで その57

そういえば……


そういえば、昔、成人式の日(1月15日だった)の朝刊には決まってサントリーの広告が掲載されていました。作家の山口瞳が書いていたものです。青二才だった私でもいい文章だと感心したことだけは覚えています。どんなものだったのかもう一度読みたくなり、図書館で文庫本を借りました。(「それぐらい買えよ!」と陰の声)
読んでみると、文章云々よりも、山口瞳のような〝大人〟が居なくなったことに気がつきました。
ひとつだけ掲載します。



2017年4月3日月曜日

次の本ができるまで その56

篆書百體千字文


唐の時代の書家、孫枝秀の手で作られた篆書を集めて編んだ千字文。漢字の奥深さを感じます。(だじゃれではない)


※ハガキ大のカードに試し刷りまで進めましたが、もうひとつ気に入らず止まっています。

2017年3月25日土曜日

次の本ができるまで その55

中島敦 『和歌(うた)でない歌』より「遍歴」


表紙よりつづく↘



※もう少し勉強しておけばよかったと思う。

2017年3月20日月曜日

次の本ができるまで その54

七十二候(しちじゅうにこう)


春分から清明まで


※吹く風も 暖ならず寒からず かすみくらせる春雨のそら


2017年3月7日火曜日

次の本ができるまで その53


短編小説の極北


菊池寛のエッセイにこんな文章がある。


(前略)兎に角、退屈な二百枚も三百枚もの長編に依って、読者の忍耐を不当に要求するよりも、短編小説の方が、縦令愚作であつても、読者にさうした被害を及ぼさない丈でも勝つて居ると思ふ。が、日本の小説も段々短くなつて来たとは云へ、左に訳出する短編小説には、一寸及びも付かないだらう。蓋し短編小説の極北であるかも知れない。


として次の物語を紹介している。



2017年2月28日火曜日

次の本が出来るまで その52


米国のmotto  E Pluribus Unum


エ プルリバス ウヌム


ラテン語で、Eはfrom, PluribusはPluralの複数、UnumはUni-/Unite/One。


英語では “out of many, one”「多数から一つ=複数州からなる統一国家」という意味で、1955年までは米国の標語(motto)となっていた。


薄田泣菫の何かで読んだことがある。


先日オバマ氏がニュースでこの言葉を使ってアメリカの現状を批判していたのを見て思い出した次第。


※どうでもいいことですが。

2017年2月25日土曜日

次の本が出来るまで その51

役にたたない話


中国では昔(今でもそうかもしれませんが)

十人の中で秀でた者を「傑」

百人の中で秀でた者を「豪」

千人の中で秀でた者を「俊」

万人の中で秀でた者を「英」

と言ったという。


※古いノートの隅に書き留めてあったもの。出処は不明です。

次の本ができるまで その50

志賀直哉氏のことば



その小説がいいか悪いかという判断は読んだ後に残る感じが一番正しい。
自分にはこれ以外の尺度はない。

●

更にそれから生まれるもののなき博学は下らない。
知識のコレクションに過ぎない。
読んだだけ、聞いただけが只残って行くという意味の物知りがある。
これは智慧というものにはならない。

●

気持の悪い想像
よく煮立てた牛乳のコップが私の前に置いてある。
私はそれに緑青をふいた二銭銅貨を二ついれ、よくかき回して飲まねばならぬ。どうもたまらぬ。


2017年2月23日木曜日

次の本が出来るまで その49

七十二候(しちじゅうにこう)


雨水から啓蟄まで


※立春がいつのまにか過ぎていました。


2017年2月14日火曜日

フランツ・カフカ『あるじの気がかり』

中島敦『狼疾記』

「今彼が読んでいるのは、フランツ・カフカといふ男の「窖(あなぐら)」といふ小説である。小説とはいつたが、しかし、何といふ奇妙な小説であらう。(中略)此の作者は何時もこんな奇体な小説ばかり書く。読んで行くうちに、夢の中で正体の分らないもののために脅されてゐるやうな気持がどうしても付纏つてくるのである」



彼は随分早い時期にカフカを読んでいたようです。





だからというわけでもありませんが再びカフカの作品をつくることにしました。



『あるじの気がかり』


あるじが気になるのは「オドラデク」です。「オドラデク」は見たところ、星形の糸巻のように見えます。だが、それは単に糸巻であるだけではなく、星形のまんなかから小さな一本の棒が突き出していて、この小さな棒と直角にもう一本の棒がついています。……こんなものが時々家に来るというお話です。



※ボール紙にかえて真鍮板を使用しました。




2017年2月6日月曜日

次の本が出来るまで その48

ひらがな


ひらがなの元になった漢字を書きだしてみました。

上段の明朝体だとわかりにくいので、下段に草書体で表記しました。

覚える必要などありません。ただそんなことだと…それだけです。



2017年2月2日木曜日

次の本が出来るまで その47

マーク・トウェイン



    * * *


罪はその言葉ではない
心だ
その言葉のうらにある心だ


    * * *


マーク・トウェイン(Mark Twain, 1835年11月30日 ─ 1910年4月21日)

アメリカ合衆国の作家、小説家。彼がいま生きていたらどんなジョークを言うだろう。

2017年2月1日水曜日

次の本が出来るまで その46

小説家


「小説家と云うものは成って見た後でなければ、成れるか成れないか分からない」(芥川龍之介)


2017年1月24日火曜日

次の本が出来るまで その45


已巳己の覚え方


役に立つともおもえませんが。


やむイ なか すでに


みは 上(かみ)につく シのこえや


おのれつちのと キコ 下につく



お後がよろしいようで…

2017年1月18日水曜日

次の本が出来るまで その44

江戸時代の金持ち


京都の長者番付に、能衆(よいしゅ)、分限者(ぶんげんしゃ)、銀持(かねもち)と三つの区別がある。俗に能衆というのは、代々家職もなく、世間に知られた茶の湯の道具を持ちつたえて、雪には茶の湯、花には歌学(かがく)と風流に明け暮れ、商売ということを知らない人たちをいうのであろう。また分限というのは、その土地で人も認め、商売はやめずに手代にまかせ、自分は万事に手出しをしない人のことをいうのである。銀持というのは近代の成金で、米でもうけたり、そのほか様々な商品を買置きし、また銀貨しなどもして、自分で帳面など調べる人のことをいう。これはたとえ一万貫目(約八十億円)持っていたとしても、能衆、分限者と付き合うことはできない。

(井原西鶴「諸艶大鑑」より)


※私は能衆でも、分限でも、銀持でもないことをここに明言する。

2017年1月13日金曜日

次の本ができるまで その43

加賀の國に立花北枝(たちばなほくし)という俳人がいた。

北枝は金沢の大火で自分の家が焼けた時、芭蕉に一句を送ったという。


 焼けにけりされども花は散すまし


その後運悪く再び火災にあい、この時に『家見舞』という集が作られた。その中に


 焼けにけりされども桜さかぬうち 


の一句があるという。


※原本を読んだわけではないので真偽のほどは定かでありません。不悪

2017年1月7日土曜日

次の本が出来るまで その42

七十二候(しちじゅうにこう)


1月5日より30日までを掲載します。


小寒、大寒のつぎは立春、暦の上では春です。


2017年1月5日木曜日

ご挨拶をかねて

年明けのご挨拶をかねて年賀状を掲載します。


原文は「義を守ること唐がらしに倣へ」(芭蕉)のあとに「色を思ふこと饂飩(うどん)の如くせよ」(去来)と続きます。どういう意味かはよくわかりません。いやわからなくはないのですがわざわざ説明するのが億劫で…。


2016年12月31日土曜日

新年に

年が改まると気持も変わる。きっと今年は想像もしなかった「いい事」が待っている気がする。根拠は無いが強く感じる。毎年そう思うのだが当たったためしがない。



※前回のトップページの俳句は西山宗因(1605-1682、談林派の祖)でした。今回は前のものを少しアレンジしています。

2016年12月30日金曜日

年の暮れに

明日ありと思ひ過ごしし怠りを集めてなげく年の暮れかな

                           久 世


どなたさまもよいお年を。



2016年12月16日金曜日

中島敦『狐憑』

中島敦『狐憑』を作りました。

何か気の利いたコメントを書きたかったのですが、思いつかないのであらすじだけ。


「ネウリ部落のシャクに憑きものがしたといふ評判である。」


平凡な若者だったネウリ部落のシャクは、弟の無惨な死をきっかけに譫言(うわごと)を言うようになりました。村人たちは「憑きもの」がついたシャクの話を聞こうと毎日彼の家に集まってきます。はじめは弟を失った悲しみを語っていた彼でしたが、やがて自分の望んだもの(それは湖を泳ぐ鯉であったり、草原の牝狼であったり)の哀しさや楽しさを語るようになりました。

遠い昔、文字が存在しない村で起こった事件。興味のある方は文庫本を読んでみてください。



2016年12月1日木曜日

次の本が出来るまで その41

七十二候(しちじゅうにこう)


 「七十二候」とは、「二十四節季」をさらに約五日ごとに分類し気候の変化や動植物の様子を表現したものです。


12月2日より12月31日までを掲載します。


※大雪 次候の虎始交は画家、中村不折氏の作品です。最後に製作者のリストを
掲載しておきます。いつか本にできればと思っています。
しかし印をひとつずつ押すのは大変でしょうね。でも楽しそう。