2021年6月23日水曜日

中島敦『寂しい島』

 『寂しい島』中島敦


この作品は、彼がパラオの南洋庁に勤務していた頃の見聞を題材にした『環礁─ミクロネシア巡島記抄─』の中の一篇です。

赴任したパラオ諸島に、子供が生まれない離島があります。原因は不明です。島には二十歳以下の人間は、五歳の女の子が一人いるだけで、近いうちに島から人間が居なくなるのは間違いありません。作者は島で満天の星を見ながら、地球上から人類の絶えてしまった後の世界を想像します。「誰も見る者も無い、暗い天体の整然たる運転」の世界を……。いい作品です。


※2冊あります。販売いたします。2,000円(税・送料込)メールでお問合せください。

2021年6月15日火曜日

次の本ができるまで その204

  芥川龍之介 『SODOMYの発達』 (二)


 清が中学の一年生になった時の事である。

 二級上に勝田と云う男がいた。短い髯の生えかけた、太った男で、色の黒い脂ぎった体は、柔道の上手なのを示していた。この男が何と云う事なく、清と親しくなった。
 柔道の道場へゆくと、親切に稽古をしてくれる。算術の宿題でむずかしいのがあると、教えてくれる。学校から帰るときも又、一緒に帰ってくれるのである。
 所がある夜、ふいに勝田が清の家へさそいに来た。近所の大師様の縁日へ行こうと云うのである。清はすぐに承知した。そうして一緒に外へ出た。
 勝田は自分の腕と清の腕と組んで歩いた。この男とは、いつもこうして歩くのである。
 縁日は一通りざっと見た。けれども勝田は、うちの方へ歩をむけない。狭い通りを、淋しい川岸の方へ歩いてゆく。
 「どこへゆくの」ときくと「まあこいよ」と大ように答える。
 その中に二人は、石をつんであるところへ来た。大きな花崗岩や安山岩が、行儀よくつみかさねられて、その間に又細い路がついている。この細い路へはいると、勝田は立止った。両側とも石が可成高くつんであるから、空が細長く見える。その空には天の川が、煙のように流れていた。
 勝田は、ぐっと力をいれて清をひきよせると、耳の近くヘ口をよせて「おい□□□□□をかせよ、な、いいだろう」と云った。清は強い恐怖を感じた。色の白い顔を斜にふって、拒む意をしめした。が実は□□□□□を借すと云うことが、どんな事だか、よくわからなかったのである。唯それが、漠然と悪い事のように考えられたのである。
 勝田は上眼をつかって「いいだろう、なっ、かさなければ俺だって考えはあるんだぜ。なっ、いいだろう」と繰返した。そうして、その言が完る時には、もう左の手で清の首から胸をささえながら、右の手で裾をまくりかけたのである。
 清は「よし給えよ、人が来るようだから、ねっ、よし給えってば」と低い声で言った。実際は、人が来るような気はいがなかったのである。勝田は一寸手をとどめて、耳をすました。そしてすぐ又、清の背中の上に掩いかかるようにして「なっ、かせって事よ」と云った。
「よし給えよ、僕はうちで叱られるから、よし給えってば、ねっ」
「うちへは黙ってるさ、誰にも知らさなければいいじゃないか」
「だって」
「黙ってりゃいいだろう」
すぐ勝田の手が動こうとする。清はおいかけるように「だけど僕はいやだもの」と云った。
 「いやならいいさ、いいけれども俺だって、そうなれば考えはあるぜ、なっ、だからかせよ。だまってりゃいいじゃないか、なっ」
その中に、勝田はもう清の下ばきの紐をといた。ずるずるとずるこけて落ちる、ネルの下ばきを清は気味わるく感じた。まくられた腰から下がうすら寒い。
 清は羞恥と恐怖で、顏を赤めた。何だかすべてが、夢の中の事のような気がする。勝田の手が◯◯◯◯◯の上を、何度もなでた。さうするとそこが冷くなつた。どうも洩れたらしい。
 すると勝田は、自分の上半身の重量を清の小さな体の上に託して、清を下へ押しふせるようにした。 清は中腰になって丁度、蛙を立てたような形になった。其時、勝田の左手は、後からしっかりと清をだきしめた。清は直に◯◯◯◯◯にSOMETHINGの触れたのを感じた。触れたばかりではない。それが非常な力で、内へ押し入れられるのを感じた。
 そして、殆どそれと同時に、勝田の右の手が、淸の△△△△△をとらえた手が、巧にこぐように動かされると、△△△△△に快い感じを以て✕✕✕✕✕した。清はその✕✕✕✕✕したのが、何となく淺間しかった。
 すると清は、可成な太さのものが、可成の深さを以て◯◯◯◯◯にはいったので、一種の疼痛を感じた。最もそれより前に、不気味な感じは、絶えず生じていたのである。
 「いたい」勝田は黙っている。「あいた、いたい」「がまんしろよ」。笑をふくんだ勝田の声がした。その中に、圧迫が減じたと思ふと、すぐ勝田の△△△△△は清の◯◯◯◯◯を離れた。それから同じような事が、二三度くりかえされた。
 そうして、やっと又、下ばきの紐をむすんで、元のように腕をくんであるき出すと、勝田は「ほかの奴にかしちゃいけないぜ、えっ」と云った。清はだまってうなづいた。
 其後勝田は、清を釣に誘った。そして又、船の中で□□□□□をほった。三度目には、勝田のうちの二階で、頭から毛布をかぶせてほった。
 これまでは、いつも実行される迄に清が、多少の拒絶の意を示したのである。けれども、四度目に、学校の便所のうしろでやられた時に、清はすぐ洋服のMぼたんを、はずしたのである。こうして、とうとう勝田のCHIGOになったのである。

※ローマ字表記の部分は記号にしています。芥川の作品ということで掲載しましたが、内容が思ったより過激なので今回で最後にします。

2021年6月3日木曜日

次の本ができるまで その203

 芥川龍之介 『SODOMYの発達』 


 これはSODOMYの発達を書こうと思うものである。自分自身の事実に多少の粉飾を加えるのが前のVITA SEXUALISと違っている点である。HEROの名は「清」とした。別に意味のある事でもない。


 清が十一歳の時であった。 

 清の友達に木村関雄と云う少年があった。毛の薄い雀斑のある瘦せぎすなたちで、笑うと口もとが左へまがる癖があったが清とは誰よりも仲よくつきあっていたのである。

 時は春の中ばであった。学校の庭には海棠や木蓮が咲くし狭い池の水もどんよりと柔かな藍色に濁って、何となく暖みのこもった感じをあたえている。その春の日の午後に、清と木村とは掃除番で他の生徒が一時間体操をしている間だけ教室にのこって、はたきをかけたり塵を掃いたりする役になっていた。

 用がすむと二人は、向きあった机に腰をかけて、一緒に教科書を見はじめたが、木村ははじめから何となくそわそわして、落ちつかないようであった。何かと云うと清の手をとったり首をなでたりする。清は格別気にもとめなかったが、唯何となくそれが六月蝿かったので、その都度に顔をしかめてとられた手をはなした。勿論教室の中には誰もいない。

 隣の教室で読本をよむ声がするより外は、何もきこえない。白い壁にさげられた時計の針はまだ十分すぎたばかりである。窓からは青くはれた空が見えていた。

 木村は幾度も居ずまいを直したり、身体をゆすったりした。そして、話のついでに、清の傍へよる。そして、仕舞には、清の背から手をまわして、丁度両手で抱いたようになる。

 と今度は、顔を次第に近づけ始めた。時々頬と頬とがふれる。木村は益々力をいれて抱くようにする。

 時々話がきれると、清はそれをしおに、木村の手をはなそうとしたけれども、中々はなさない。そうして、しばらくすると、

「君、僕は君にLOVEしちゃった。君はLOVEって事をしってるかい、えっ」と云った。

 清は黙っていた。知っているような、知っていないような事である。

 その中に、木村は一そう力を入れて、清を自分の胸の方へひきよせた。ところが清がそれを抗がおうとして、左の手を木村の膝へかけると、手がすべって木村の帯の下へさわった。そしてそこに、袴の上から、固いもののあるのを感じた。そうすると、木村は急に早口に「しようよ、ねっ。いいだろう、ねっ。いや、えっ」ときいた。清は何だかわからないので「何を」とききかえした。前に書き落したが、清は木村より二つ年下である。

 木村は黙って、清の袴の紐をといた。その時清は、何かがかすかにわかったような気がした。けれども、まだ淡い恐怖に似た感じがするだけで、慥には何ともわからなかった。木村は又、自分の袴もとくと、そこの土間に清を押し仆した。「およしよ、およしってば」「いいじゃないか、ねっ、いや? いいだろう、ねっ」木村は左の手で、清の肩を仰えて起きないようにした。そして右の手で、自分の前をひろげると、又清の前もひろげた。二人ともSARMATAは、はいていなかった。

 「およしよ、関さん。およしってば、よう」

 清は多少の羞恥を感じたので、こう云った。木村は小さな声で「いいじゃないか、いいじゃないか」と何度も繰返した。

 そうして自分の□□□□□した□□□□□を、清のそれに力づよく押しつけた。清のそれは□□□□□していなかった。

 清は仰むいたまま、自分の□□□□□に、熱い固い木村のそれを、幾度となく感じたのである。

 その中に木村は、黙って前をあわせて、袴の紐をしめた。清も同じようにした。

 木村は「誰にも云うのはよし給えよ」と云った。清は好意を以てその注告を守ったほど、まだ何もしらなかったのである。


※冒頭からの一部を掲載しました。伏字のところはローマ字表記です。問題があれば削除します。

 「VITA SEXUALIS」は『芥川龍之介未定稿集』(荒巻義敏編、岩波書店)に掲載されています。

2021年5月24日月曜日

ヨハン・ペーター・ヘーベル『暦物語』

『暦物語』 ヨハン・ペーター・ヘーベル

『暦物語』より「思いがけぬ再会」「恐ろしい事件が平凡な肉屋の犬によってあばかれた話」の二作を選びました。『暦物語』とはカレンダーに添える短い挿話や教訓話のことで、編集を担当したヘーベルは多くの物語を作りました。二百年も前のことです。彼の作った話は機知とユーモアに富み、現在も愛読されているということです。


※アンデルセンの『月の物語』とどちらを作ろうか迷いました。次回は日本の作家に決めています。

2021年5月18日火曜日

次の本ができるまで その202

「Lies in Scarlet」の言

                   Arthur Halliwell Donovan


もしプラトニツク・ラヴと云ふものがあつたら、自分は必人間より馬に惚れたのに相違ない。

*

幸福とは幸福を問題にしない時を云ふ。

*

藝術の境に未成品はない。あればそれは下等な完成品である。

*

不幸にして自分は、眞面目を標榜する程不眞面目にはなり得ない。

*

如何にして年をとらうか──これが人間に與へられた最大の問題である。

*

運命は自由意志の中にある。

*

彈丸に中つて死ぬのと、餓死するのと、どちらが好いか。それはまだよく考へた上でないと、きめられない。

*

戰ひたくないと思つたら、やはり戰ふ外はない。たとひそれが敵國に對してでなくとも。

*

最大の奇蹟は言語である。


                               羽賀宅阿譯

「芥川龍之介全集第九巻」未定稿・断片より

※ご存知の方も多いだろうが、これは芥川作のパロディでタイトルの「Lies in Scarlet」は「真っ赤な嘘」という意味らしい。作者のAuthur 何とかももちろん空想の人物で、訳者の羽賀宅阿は逆から読むとあくたがわになる。

2021年5月5日水曜日

次の本ができるまで その201

墓地はいいな

五月三日、天気は快晴、近所の金戒光明寺の墓地へ行きました。人もほとんどいません。気の向くまま、墓石に刻まれた名前や没年を眺めて歩きまわりました。隣の真如堂の墓地へも行きました。知らない人から見れば怪しい老人です。ここの墓地はとにかく広く、静かで心休まるところです。

下手な写真を掲載しておきます。


『ヘンリ・ライクロフトの私記』より

 私は散歩のおりにはいつも道を折れていかにも田舎じみた教会墓地の中を通ることにしている。都会の墓地は不快なものだが、それとは逆にこの鄙びた墓所は魅惑的なものだ。墓石に刻まれた名前を読み、ここに静かに眠っている人々にとって、人生の辛酸も苦悩もすぎさったのだと考えると、深い慰めを感じる。私には少しの悲しみの情もわいてはこない。「某ココニ眠ル」という墓碑銘にまさる頌詞(しょうし)がほかにあるであろうか。死の威厳にまさる威厳はない。(中略)

 この樹蔭の静寂の中で、死者たちは、まだこの世に残るべく運命づけられている者に向かって次のような励ましの言葉をささやいているようにみえる。「我らのあるごとく、汝もかくなるべし。されば見よ、我らの静寂を」と。


※墓マイラーというらしい。

2021年4月22日木曜日

次の本ができるまで その200

短編

ジェフリー・アーチャー『十四の嘘と真実』の最初のページに載っていた短かい話。


死神は語る


  バグダッドに住む一人の商人が、召使いを市場へ買物に行かせた。しばらくすると召使いが真っ青な顔をして震えながら戻り、主人に報告した。「だんな様、今しがた市場の人混みのなかである女と体がぶつかり、振りかえってみたところその女は死神でした。女はわたしを見て脅かすような身振りをしたのです。どうか馬を一頭お貸しください。この町から逃げだして死の運命からのがれたいのです。サマラの町までいけば死神に見つからずにすむでしょう」

 商人は馬を貸してやり、召使いは馬の背に跨(またが)って脇腹(わきばら)に拍車をくれ、全速力で町から逃げだした。

 それから間もなく、商人が市場へ行くと死神が人混みのなかに立っていたので、彼は近づいて行って話しかけた。「今朝わが家の召使いと会ったとき、脅かすような身ぶりをしたのはなぜですか?」

 「あれは脅かすような身ぶりではありません」と、死神は答えた。「わたしはただ驚いただけなんです。じつは、今夜サマラで彼と会うことになっているので、バグダッドにいるのを見てびっくりしたんですよ」


※落語の枕のような気も。

2021年4月13日火曜日

マルセル・アルナック『無人島』

 『無人島』マルセル・アルナック


 『無人島』というお話です。船が嵐にあって、気がついたら見たこともない海岸に流れ着いていた主人公と侯爵夫人。ああ、これはきっとあれね、と想像できる鉄板のストーリーです。以前カフカの作品(「道理の前で」2015年12月24日掲載)をマッチ箱に入れて作りましたが、今回も同じ体裁です。



※仕事が粗いですね。

2021年4月9日金曜日

次の本ができるまで その199

 書出しの妙


 どんな家庭でも、戸棚の中に骸骨をひとつ隠し持っている、と言ったのは、イギリス人であったろうか、フランス人であったろうか?
                            W・コリンズ「家庭の秘密」

※戸棚の中の骸骨=外聞がはばかられる一家の秘密のこと。ちょっと気になったので。

2021年3月29日月曜日

次の本ができるまで その198

薄田泣菫『茶話』より「欧陽詢と石碑」


世知辛い世の中です。しばし欲得に関係のない話でご機嫌を伺います。

※理由あって作れなかった(作らなかった)作品
サフラン(森鴎外)杯(森鴎外)海の誘惑(岸田國士)巴里素描(岸田國士)名人(中島敦)夾竹桃の女(中島敦)

盂蘭盆(北条民雄)門づけ(小泉八雲)怪談 女の輪(泉鏡花)一寸怪し(泉鏡花)沼地(芥川龍之介)有間(高浜虚子)餓鬼(菊池寛)黄昏(島崎藤村)その女と金(宇野千代)原爆被災時のノート(原民喜)大地炎上(マルセル・シュウオッブ)化粧(神西清)

2021年3月16日火曜日

次の本ができるまで その197

 桜 五題

新古今和歌集より桜を詠んだ歌を並べてみました。


※さくら散る別れ話の膝の上

2021年3月11日木曜日

次の本ができるまで その196

 万能川柳 再々々

3月9日に掲載されました。覚えとして。


※先日、匂い袋を作ろうと材料を買ってきましたが、まだそのままです。

2021年3月4日木曜日

次の本ができるまで その195

 講演の口調 寺田寅彦


 ラジオなどで聴くえらい官吏などの講演の口調は一般に妙に親しみのない鹿爪らしい切口上が多くてその内容も一応は立派であるがどうも聴衆の胸にいきなり飛込んで来るようなものが少ない。

 或会議の席上で或長官が或報告をするのを聞いていたとき、ふと前述の講演のタイプを思い出した。

 長官はその属僚の調べ上げてこしらえた報告書を自分のものにして報告しなければならない。それで文句は分かってもその内容は実はあんまり身に沁みて居ないらしいので、それでああいう口調と態度とが自然に生れるのではないかという気がした。

 これに反して、文士でも芸術家乃至芸人でも何か一つ腹に覚えのある人の講演には訥弁雄弁の別なしに聞いていて何かしら親しみを感じ、底の方に何かしら生きて動いているものを感じるから妙なものである。

 学者の講演でもやっぱり同じようなことがあるようである。

 空腹は中々隠せないものらしい。

                                   (寺田寅彦全集 第六巻)より


※すぐにあの顔が浮かんできた。

2021年2月26日金曜日

次の本ができるまで その194

 作り直し


前につくったものを作り直し(次の本ができるまで その173)の続きで2冊作りました。樹脂板は以前のものを使っています。紙の厚さや表紙を変えると違ったものになり、生まれ変わった感じがします。


※印刷には満足していません。

2021年2月17日水曜日

次の本ができるまで その192

 「万能川柳」再々


2月10日に掲載されました。これも随分前に投稿したものです。いつもあまり熟考せず、思いついたまますぐ出しています。まあ、語るほどのものではありません。覚えとして。


※すみません。いつも自慢みたいで。

2021年2月7日日曜日

川端康成『有難う』

 『有難う』川端康成


 『有難う』は掌編小説をまとめた作品集『掌の小説』の中の一篇です。1936年には映画化もされました。三島由紀夫はこの作品を「掌の小説」の中でも優れたもののひとつだとしています。新感覚派といわれた川端康成の簡潔な表現と描写が光る作品です。



※布の表紙の硬さが気に入らず、はじめから作りなおしました。あとの方は和紙の上製本です。

2021年1月27日水曜日

次の本ができるまで その191

 半面の真理


アンリ・ド・レニエが女性について書いた文章を紹介します。その恋愛観、女性観は、フランスのブルジョワ階級の思想傾向を反映していると堀口大學先生は書いておられますから、たぶんそうなんでしょう。



恋愛は一個独立した感情である。それは、友情とも、尊敬とも、やさしさとも、慈愛とも、デリカシーとも関係がない。恋愛は、それ自ら以外のものには関心も持たなければ、また心づきもない。恋愛には、恋愛独特の理屈があり、空想があり、先入主があり、策略がある。恋愛にはまごころの言葉も、精神の言葉も通じない。それはまごころでもなければ、精神でもない。それは恋愛だ。


✻


男は己惚れの強い馬鹿者だ。女がやっと我慢して交際(つきあ)っていてやると、早速もう、自分は彼女に必要欠くべからざる存在だと思い込んだりする。


✻


女に対する場合、男に万事責任がある。雨が降ることも、風が吹くことも、彼女達の鼻の先に出来た小さな腫物(おでき)のことも、地震のことも、蝿が飛んでしまったことも、一切は男の責任だ。


✻


女達が、「本当にあたしを愛していて下さるのだったら。」と云う時は、彼女達はすでに僕等が愛していると確信を持った時だ。女達が、「あなたはあたしなんか愛していらっしゃらないわ。」と云ったりする時は、自分が愛されていることをいよいよ確かに知った時だ。



アンリ・ド・レニエ(1864-1936)

フランスの詩人・小説家。極めて芸術的な高雅な作風と、完全な語法、美しい文章とを以て知られています。


2021年1月18日月曜日

次の本ができるまで その190

 饑渇負(ケカチマケ)


「饑渇負(ケカチマケ)」は京都の医師、橘南谿が弟子の丹生とともに天明六年の春に東北地方を旅したときの記録です。天明三、四年には大飢饉が発生し、その惨状は京都にも聞えていましたが、彼が実際に現地で目にした光景ははるかに悲惨を極めたものでした。


生き残った人の話を聞き書きした、こんなエピソードがあります。

「卯年、饑饉に及び五穀既に尽て、千金にても壱合の米を得る事あたわず、草木の根葉、其外、藁糠、或は犬猫牛馬鼠鼬に至るまで力の及ぶ程は取尽し食ひ尽して、後には道路に行倒れみちみちたる死人の肉を切とり食ふ事に成けるに、是も日久敷饑々て自然に死したる人の肉は既に腐りたる同然にて、其味ひ甚悪敷、活たる人を打殺し食ふは味も美なりければ、弱りたる人は殺し食ふ者多かりし也、此近隣にも家内追々饑死して、親壱人むす子壱人のみになれる時、其父一計策を案じ出し、其隣家に行ていふやう、『扨も御たがひに空腹なる事なり。我家にも既に家内皆々死うせしに、御覧のごとく今は男子壱人のみ残れり。是も殊の外に饑つかれたれば二三日の間には死すべし。とても死ゆく者いたずらに亡んよりは息ある間に打殺して食まんと思へども、さすがに肉親の恩愛、手づから打殺すにしのびず。此ゆへに其許を頼み申なり。我子を打殺して給はらば其御礼には肉半分を贈り申べし』と誠しやかに頼むにぞ、隣家の男大に悦び、『半分の肉をだに給はらばいとやすき事なり』とて、やがて有合けるナタ携へ行て打けるに、さなきだに死せんとせしむす子、只一打にいき絶ぬ。彼頼に行し親、傍に見居て、すかさず隣の男をマサカリにてしたゝかに打。隣家の男も饑つかれたる所なれば、何かは以てたまるべき、其まゝに息絶たり。扨、計策を以て両人の肉を得たれば、早速に弐人ともに料理して塩漬にし置て一月斗を凌げり。近所へは隣家の者饑たる余り此方の子を打殺し食はんとせしゆへに仇を報ぜりと吹聴し、公然として弐人の肉を甘ぜり。近所の者其姦計をにくめども、皆々饑つかれて相たがひに親子兄弟といへども打殺し食ふ時節なれば、誰咎る者もなかりしが、彼男もつゐには饑死し終れり」。

省略して言えばつぎのようなことです。

飢饉により食べられるものはすべて食べつくし、ついには死んだ人の肉をたべるようになった。しかし死人の肉はすぐ腐り味も悪いので、弱った人を殺して食べる人も多くあった。ある父親は、息子がもう長くはなさそうだったので一計を案じた。男は隣の家の男に相談を持ちかけ「息子はもう死にかけている。ここで一思いに殺して食べようと思うが自分の手で我が子を殺すことはさすがにできない。どうだろう、肉の半分をあんたにあげるので、あんたが殺してくれないだろうか。」隣の男は喜んで引受け、さっそくナタを持って男の家に行くと息子を一撃した。その様子を見ていた男は隣の男をマサカリで襲い殺害した。男は二人分の肉を塩漬けにしてそのご一ヶ月ほど生き延びた。男は隣の男が息子を殺したので仕返しをしたとふれまわった。近所の者は男の悪だくみを憎んだが、自分たちも生きるのに精一杯で咎める人はいなかった。男はその後餓死した。


※次に作るつもりでしたが、悲惨な話を本にするのは気が進まなくなり、もう少し明るい気持になれるような題材に変えました。興味のある方は『東西遊記』(東洋文庫)でお読みください。

2021年1月12日火曜日

次の本ができるまで その189

 言葉


幼児にはこんなふうに聞こえるのでしょうね。

ばんほがん  ちぇかっぷ  おるまいす  でちんしゃ  さかさかま  ばなま    まねよーず  たがも   けぱっちゅ  めなげ   おしゅくり  とうころもし
たちりきにし  おかちぱべゆ  あいあと  たべのも  まがまがま  たまげに

ばんごはん ケチャップ オムライス じてんしゃ さかさま バナナ マヨネーズ たまご ケチャップ
めがね おくすり とうもろこし 立入禁止 お菓子食べる ありがと たべもの わがまま たまねぎ

※かわいい。  

2021年1月4日月曜日

次の本ができるまで その188

 新年の心持


年が明けました。
難題山積の年ですが、露伴の一文を参考に、慌てず落着いて過ごしたいと思います。

おもしろからぬ俗事に身を疲らし心をわづらはせたる後、夜ふけて燈火かすかなる一室に錆ざる刀抜き放して、手元より帽子先(ぼうしさき)まで切先より鍔際まで幾度か見送り見迎へ、頓て(やがて)突立あがり、ひと揮りふた揮り打揮って虚空を切る音を聞きたる心よさ。
※むしゃくしゃしたので夜中に刀を振り回した。すっきりした。

✻

年老たる法師の安らかに経よむを静に聞居たる中、何事も自然(おのづ)と忘れ、唯〻香烟の肝に染(しみ)たるありがたさ。
※寺でお経を聞いた。線香の匂いに癒やされた。

✻

風さはがぬ朝はやく起て袖寒きを冒し、静に歩めば落葉ひらひらとひるがへり、魂魄(たましひ)引締るやうなる初冬のさびしさ。
※早起きしてその辺をうろついた。寒かった。

※『露伴随筆』第1冊「愉快」より

年賀状

2021年1月1日金曜日

次の本ができるまで その187

「万能川柳」ふたたび


「次の本ができるまで その184」で毎日新聞の「万能川柳」に掲載されたことをお伝えしました。その後何回か投稿しましたが載らず、「まぐれ」だったとあきらめていたところ、12月28日付の紙面に掲載されました。1ヶ月ぐらいの時差があったのであまり新鮮味はありませんが。


※正月早々自慢話みたいですみません。

2020年12月23日水曜日

次の本ができるまで その186

 警句のような


誘惑

ウインクを送ったら、女が親切にもまぶたの下になにかできているのではと聞きに来てくれる。そんなとき、男は自分がもう若くはないことに気づく。


✻


愛情

二年前から熱愛していた男にこころならずも身を任せるよりも、二度しか会っていない男と

教会で三言ばかりラテン語をしゃべっただけでベッドに入る方がずっと猥褻である。


✻


病気

元気な人々は、それと知らない病人である。


✻


医学

医学はこの一世紀、絶え間なく進歩してきた。何千という新しい病気を発明することによって。


✻


風邪

風邪は治療すれば七日間続くが、もし何もしなければ一週間続く。


✻


ヒッチハイクをする女

ヒッチハイクをする女とはたいていの場合、美人で短いスカートをはき、あなたが妻と一緒に

車に乗っているとき道路に現われる若い女性である。


✻


会話

自分の妻に向って夫が言った。「ぼくたち二人のうちどちらかが死んだら、ぼくは田舎へ行って暮らすつもりだ。」


※唇の端が少し上がるぐらいの笑顔を期待して。

2020年12月17日木曜日

ライナー・マリア・リルケ 森鴎外訳『駆落』

 『駆落』 ライナー・マリア・リルケ 森鴎外訳


明治45年「女子文壇」に発表された短編です。
年若い恋人同士のアンナとフリッツは親に交際を禁じられたことに反発し、二人でどこか遠くへ行く計画を立てます。アンナから、明日の朝駅で待っているという手紙を受け取ったフリッツは、荷物をまとめ家出の準備を始めますが、待ち合わせの時間が近づくにつれて気持が揺らいできます……。


※生の葱を囓ったような苦い味がする作品でした。(個人的な感想です)

2020年12月14日月曜日

次の本ができるまで その185

 警句いくつか


神童

それは多くの場合非常に想像力の豊かな親をもった子供のことである。


大衆

大衆は真実も単純さも好まない。彼らが好むのは作り話といかさま師だ。


怠惰

怠惰とは、何もしないでいる時間をもっとふやすために午前六時に起きることである。


寛大さ

寛大さは無関心の最悪の形態である。


幸福

幸福であるだけでは十分でない。他人が不幸でなければならない。


老い

老いることは、いまだに長生きする唯一の方法である。


※たまには夜空をながめて見よう。

2020年12月8日火曜日

次の本ができるまで その184

万能川柳


先日、毎日新聞の万能川柳に投句したところなぜか掲載されました。調子に乗って2、3回続けてハガキを出しましたがそれ以降はダメだったようです。



※すみません。なんか自慢しているみたいで。