2022年6月28日火曜日

次の本が出来るまで その246

 自省録 マルクス・アウレーリウス

 

第四章 四八

 絶えずつぎのことを心に思うこと。

すなわちいかに多くの医者が何回となく眉をひそめて病人たちを診察し、そのあげく自分自身も死んでしまったことか。またいかに多くの星占術者が他人の死をなにか大変なことのように予言し、いかに多くの哲学者が死や不死について際限もなく議論をかわし、いかに多くの将軍が多くの人間を殺し、いかに多くの暴君がまるで不死身でもあるかのように恐るべく傲慢をもって生と死の権力をふるい、そのあげく死んでしまったことか。またいかに多くの都市全体が、いわば死んでしまったことか、たとえばヘリケーやポンペイやヘルクラーネウムやその他の都市である。


 その上また君自ら知っている人たちがつぎからつぎへと死んで行ったのを考えて見よ。或る人は他の人の湯灌をしてやり、それから自分自身ほかの人の手で墓に横たえられ、つぎのには別の人が墓に入れられた。しかもこれがすべて束の間の事柄なのである。要するに人間に関することはすべていかにかりそめでありつまらぬものであるかを絶えず注目することだ。昨日は少しばかりの粘液、明日はミイラか灰。だからこのほんのわずかな時間を自然に従って歩み、安らかに旅路を終えるがよい。あたかもよく熟れたオリーヴの実が、自分を産んだ地を讃めたたえ、自分をみのらせた樹に感謝をささげながら落ちて行くように。


※昨日見し 人はと問えば 今はなし 明日また吾も 人に問われん

2022年6月24日金曜日

次の本が出来るまで その245

 私の日常道徳 菊池寛


一、私は自分より富んでいる人からは、何でも欣んで貰うことにしてある。何の遠慮もなしに、御馳走にもなる。総じて私は人から物を呉れるとき遠慮はしない。お互いに、人に物をやったり、快く貰ったりすることは人生を明るくするからだ。貰うものは快く貰い、やる物は快くやりたい。


一、他人の御馳走になるときは出来るだけ沢山食べる。そんなとき、まずいものをおいしいという必要はないが、おいしいものは明らかに口に出してそう云う。

一、私は生活費以外の金は誰にも貸さないことにしてある。生活費なら貸す。だが友人知己それぞれ心の内に金額を定めていて、この人のためには此位出しても惜しくないと思う金額だけしか貸さない。貸した以上、払って貰うことを考えたことはない。また払ってくれた人もない。


一、人への親切、世話は、慰みとしてしたい。義務としてはしたくない。

一、自分に好意を持っていてくれる人には、自分は好意を持ち返す。悪意を持っている人には悪意を持ち返す。

一、作品の批評を求められたとき、悪い物は死んでもいいとは云わない。どんなに相手の感情を害しても。だが、少しいいと思う物を、相手を奨励する意味で、誇張して賞めることはする。

※菊池寛の人柄が表れている文章。

2022年6月21日火曜日

次の本が出来るまで その244

最近のこと


梅雨のこの季節、どうも気持がすっきりしないので、夕方、近所を散歩している。通ったことのない狭い路地の奥に進んでいくと、ちいさな家並みのどこかからなにかを炊いているいいニオイがしてきた。ずっと若いときからそうして来たのだろう、几帳面に出汁をとって調理する老女の姿が目に浮かぶ。連れあいを亡くし一人になったいま、取っ手がぐらつく小さな行平鍋の中には今夜の料理「とうがらしとじゃこのたいたん」がおいしく出来ているに違いない。


※御目汚、重々承知致候

2022年6月15日水曜日

次の本が出来るまで その243

 エマーソンの読書三則



私が提出する三つの実践上の規則がある、すなわち


一、生まれて一年にならぬものは読むな。


二、有名な書物以外のものは読むな。


三、自分で好む書物以外のものは読むな。


 シェークスピアの言葉でいえば

「楽しみのない所には利益もない、つまりは、あなたの一番好きなものを研究することです」(「じゃじゃ馬馴らし」第一幕第一場)


ラルフ・ウォルドー・エマーソンアメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。

2022年6月9日木曜日

次の本が出来るまで その242

 鹿?

朝、ぼんやり上の方を眺めていたら木の幹が鹿の顔に見えた。

写真を撮った。今日はいいことがあるかもしれない。



※ふーん。

2022年6月4日土曜日

サキ『開いた窓』 The Open Window

 『開いた窓』サキ


サキ(本名:ヘクター・ヒュー・マンロー、1870─1916年)は ブラックユーモアと意外な結末を得意としたイギリスの短編作家です。 『開いた窓』はサキの志向がよくあらわれた作品で、 簡潔な文章と自然な話運びがいつのまにかに読者を恐怖の世界へ誘います。

   神経衰弱を患っているフラムトン・ナトルは医者から休養を命じられ、田舎へ療養に行
   くことになりました。姉は「知人もいないところでは却って病気が悪くなる」と、以前
   住んでいたその土地の知り合いに紹介状を書いてくれました。ナトルは気が進まない
   まま、住人のサプルトン夫人宅を訪ねますが……

※眠る前、ベッドの中で読むのに最適の作家です。

2022年5月30日月曜日

次の本が出来るまで その241

マーク・トウェインの言葉(再掲載)


戦争

というものは

どの戦争も

見知らぬ相手を

殺す

ということに

なってしまう

個人的には

なんの敵意も

感じられない

その相手を──

他の場合ならば

困っていると

わかれば

助けてやりたい

とさえ思う

その相手を──

きみに助けが

必要ならば

手を貸して

くれさえする

その相手を


  ※戦争の悲惨さを見る4Kで。

2022年5月24日火曜日

次の本が出来るまで その240

三蹟

 日本の手蹟三磧のうち、行成、道風は世に切れ多し、佐理卿が大切なる物なり。道風が名も高けれども、手蹟は佐理卿第一也。中華の書、宋書の藝文志の目録に、日本佐理が書一巻とあれば、二十一史の内にもしるしをく、さあれば中華にも重宝すと見ゆ。日本に残る内に伏見殿に佐理が文二枚あり、其内一枚、新院の御所にまいる、寛文十三年五月九日の炎上に、この文も焼失す。これ二枚の外は文もなく、又これほどながきものなににてもなし、焼失何より惜しき事なり。(『遠碧軒記』黒川道祐)


藤原行成(ふじわらのゆきなり/こうぜい)

行成は道風に私淑し、その遺墨にも道風の影響がみられる。その追慕の情はかなり強かったらしく、『権記』に「夢の中で道風に会い、書法を授けられた」と感激して記している。

行成の書風は道風や佐理よりも和様化がさらに進んだ、優雅なものであり、行成は和様書道の確立に尽力した、世尊寺流の宗家として、また上代様の完成者として評価されている。

白氏詩巻(国宝)部分

小野道風(おののみちかぜ/とうふう)

道風の作品は、雄渾豊麗、温雅で優れ、草書は爽快で絶妙を極め、その筆跡を「野跡」という。醍醐天皇は深くその書を愛好され、醍醐寺の榜や行草法帖各一巻を書かせた。

『玉泉帖』(巻頭部分、三の丸尚蔵館蔵)

藤原佐理(ふじわらのすけまさ/さり)

同時代の東大寺僧・奝然は弟子の喜因を宋に派遣した際、太宗への献上品として佐理の書を携帯させたという。 

書状(離洛帖)(国宝)

※文字の上手下手ではないような気がします。いいものをたくさん見て目を肥やすことが大切ですね

2022年5月19日木曜日

次の本が出来るまで その239

 古いメモより


「神が望むなら」


エジプト人は決まって「神が望むなら」という。

別れ際「じゃ、また明日ね」とあいさつした後でさえ、必ず「神が望むなら」。

その理由が分かり始めた。理不尽なこの世界、明日のことなど分からないのだ。

ちっぽけな人間ごときには。(2005.8.13/中日新聞)



「明日こそ殺そう」


両親を殺して部屋に火をつけた16歳の少年の書き込み。

明日に希望をもてない若い人たちに共通する閉塞感。なんとかならないものか。



「バルセロナの夜」


スペインのバルセロナでは、全面真っ黒の中に小さく「バルセロナの夜」という文字だけが入っている絵はがきが売られていた、とラジオのDJが話していた。面白い。


※昔々のノートに書いてあったものです。

2022年5月12日木曜日

次の本が出来るまで その238

漢字の筆順


 テレビのクイズ番組などでは解答をボードに書いて答えることが多い。そのとき漢字の筆順が違うと何となく気持が悪い。わたしは、「漢字はこういう順序で書かなければならない」と思い込んでいるフシがある。はたしてそうだろうか。下に掲載したものは『運筆法』という本の一部で、自分が書く順序と違うものをいくつか選んでみた。こうしてみると、自分にとって、筆順はさほど重要なことではないのかもしれないと思えてきた。


2022年5月5日木曜日

次の本が出来るまで その237

 植物園にて


 開園直後のまだ人もまばらな時間、ベンチに坐っていると、すこし離れたベンチに小さな兄弟が駆けてきて坐った。

 後ろから父親らしい人があらわれ、子供たちの間に坐り、リュックから水筒を出して二人に手渡したあと、ちいさな本を手にとって、ゆっくり読み始めた。

 読む約束していたのだろうか、アンパンマンの絵本らしい。子どもたちは静かに、ときどき何か言葉を発しながら真剣に聞いている。

 父親は登場人物の声を器用に使い分け、抑揚をつけた迫真の朗読を続けている。よく通るその声はわたしの座っているところにもはっきり聞えてきた。わたしは幼い兄弟同様、ベンチに坐ってアンパンマンの活躍ぶりをたっぷりと聞かせてもらった。

 いい日になりそうだ。



※長い休みをダラダラ過ごしてしまいました。


2022年4月26日火曜日

次の本が出来るまで その236

 恋愛名歌 


萩原朔太郎が古今集より選んだ恋の歌三首。解説も同氏。



古今集恋の部の巻頭に出ている名歌である。時は初夏、野には新緑が萌え、空には時鳥が鳴き、菖蒲は薫風に匂っている。ああこのロマンチックな季節! 何ということもなく、知らない人ともそぞろに恋がしたくなるという一首の情趣を、たくみな修辞で象徴的に歌い出してる。しかも全体の調子が音楽的で、ちょうどそうした季節の夢みるような気分を切実に感じさせる。けだし古今集中の秀逸であろう。



作者不詳とあるけれども、歌の格調から推察して業平の作であろう。業平はこうした調子の高い、重韻律でリズミカルな歌を好んで作った。彼の歌には気概が強く、格調上にも奇骨の稜々たるものがある。まさに英雄的恋愛詩人であるけれども、芸術家としての天分はさのみ高い方でなく、もちろん人麿等の万葉詩人に比して劣っている。しかし凡庸歌人の凡庸歌集たる古今集の中で見れば、さすがに何と言っても独歩の特色ある大歌人で、他に比肩する者を見ない。



恋は心の郷愁であり、思慕のやるせない憧憬である。それゆえに恋する心は、常に大空を見て思いを寄せ、時間と空間の無窮の涯に、情緒の嘆息する故郷を慕う。恋の本質はそれ自ら抒情詩であり、プラトンの実在を慕う哲学である。(プラトン曰く。恋愛によってのみ、人は形而上学の天界に飛翔し得る。恋愛は哲学の鍵であると。)この一首は縹渺たる格調の音楽と融合して、よく思慕の情操を尽くしている。古今集恋愛歌中の圧巻である。


※何十首にもわたりこのような解説をする朔太郎の語彙力には脱帽です。


2022年4月23日土曜日

次の本が出来るまで その235

葬式に流したい曲


リクエストしても、本当に葬式で音楽を流すようなことをするとは思えませんし、わたしがそれを確認することもできないので、たぶんありきたりのささやかな家族葬になるのだろうと思います。それで十分です。

“Country” Keith Jarrett

“Sailing” Rod Stewart

“Graceland” Paul Simon

“Knockin' On Heaven's Door” Bob Dylan
 
“My Dear Life” Sadao Watanabe

※趣味の押しつけです、悪しからず。そろそろ辞世の句も用意しなくちゃ。

2022年4月13日水曜日

次の本が出来るまで その234

 第五列

 サマセット・モームの『極めて個人的な話』を読んでいたら、この言葉がでてきました。話の筋から意味は想像できましたが、言葉は知りませんでした。どうやら「スパイ」のことを言うらしいです。モームは一時期イギリスの情報局の仕事をしていたので、このへんのことは熟知していて、普通に暮らしている人の中にもスパイはたくさん居ると書いています。

人間観察に長けたモームが、大戦当時のエピソードとして書いている文章が面白いので転載します。

  つぎに、わたしが直接知っている小話をしるすことにしよう。
 ある子どものない夫婦が──たぶん、ささやかな収入が少しでもふえることを喜んだのであろう──夏だけ下宿人として、英語を習いたがっている小さなドイツの少年を一人家に置いた。かわいい少年で、夫婦は彼が非常に好きになった。この少年の来訪は、相互にとってすこぶる上首尾だっので、毎年繰り返された。イギリス人の夫婦はまるで実の子のように彼を愛するようになった。そして少年も彼らを熱愛しているように思えた。戦争が勃発したとき、彼は十六歳だった。夫と妻はひどく重い心をいだいて、ドイツへ帰る少年を見送るために、彼を駅へ連れて行った。彼らは餞別を贈りたく思って、十六の少年が好きそうなもの、ネクタイやハンカチやスカーフを買っておいた。そしてこれらを一つの包みにして、彼が汽車に乗りこんだとき、それを彼に手渡した。妻は、ほほを伝って流れる涙の中から、彼に別れのキスをした。少年は別れるのがつらくて悲嘆にくれているらしかった。しかし汽車が動き出したとたんに、彼はその小包みを夫の頭めがけて投げつけ、窓から身を乗り出すと、妻の顔につばをはきかけた。

 

※ 『極めて個人的な話』(S・モーム全集別巻・新潮社・昭和39年)より。よくできた短編を読んだ気がしました。

2022年4月8日金曜日

次の本が出来るまで その233

 翻訳いろいろ


次に作ろうと思っているのは古い外国作家の作品です。作る前に内容を話してしまうと作る気がなくなるので、題名は伏せておきます。
調べるといろいろな人が翻訳していました。訳者により言葉の使い方が微妙に違うので、今回はそれらを比較して見たいと思います。


    

「叔母はすぐに降りてまいりますわ、ミスタ・ナトル」
 そう教えてくれたのは、とても落ち着いた雰囲気の齢(よわい)十五の若い娘だった。
「それまで、私で我慢して下さいね」


 束の間の応対とはいえ、フラムトン・ナトルは、この姪御(めいご)さんをちゃんと楽しませねばという思いで、気の利いた話題を探していた。


    


「おばは今参っちゃってるの、ナッテルさん」とても落ち着いた声で15才の少女がそう言った。「だからわたしが相手するので我慢してくれなきゃだめよ」

フラムトン・ナッテルは、会うはずだったおばを無視しすぎないように、しかもその姪をちゃんとほめるような的確な一言を口にしようとしていた。


    


「まもなく伯母も降りてまいりますわ、ナトル様」
ひどく落ち着いた雰囲気の15歳の少女が言った。「それまでわたくしがお相手をつとめさせていただきますわ」

フラムトン・ナトルは、やがて来る伯母さんに対して失礼にあたらないよう、しばらくはこの姪のご機嫌を損ねないために、何か適当なことでも言っておこうと考えていた。

    


「伯母は、もうじきに降りてまいります、ナトル様」落ち着きはらった十五歳くらいの少女が言った。「それまではわたくしのようなもののお相手をしていただかねばなりませんけど」

フラムトン・ナトルは、後から来る伯母と、目の前にいる姪、どちらも軽んじてはいないということを理解してもらえるよう努めなければならなくなった。

    

※掲載に問題があれば削除いたします。

2022年4月2日土曜日

次の本が出来るまで その232

 厄除け詩集

いくつかを掲載します。


※いま桜咲きぬと見えてうす曇り春に霞める世の景色かな(式子内親王)
一日でも一時間でも一分でも早く破壊と殺戮が終わりますように。




2022年3月20日日曜日

佐藤春夫『あじさい』

 『あじさい』佐藤春夫


佐藤春夫の『あじさい』は1800字ほどの掌編です。

重病を患った小さな女の子が眠る座敷で、女とその恋人らしき男がそれぞれの想いに耽っています。女は夫を思い出しながら、「あの人があんなふうにして不意に死んだのでなかったら、仮にまあ長い患のあとででもなくなったのであったら、きっと、あなたと私とのことを、たとえばいいとか決していけないとか、何かしらともかくもはっきりと言い置いたろう……」と話はじめます。



※少しゾクッとさせられました。

2022年3月4日金曜日

次の本が出来るまで その230

 ことわざ


言葉に打たれぬ者は、杖で打っても効き目がない


アリにも羽アリにも怒りはある


金の靴をはいても猿は猿


魚は頭から臭いはじめる


カドメイアの勝利

勝つには勝ったが、負けたのに等しい打撃を受ける、そういう勝ち方のことをいう。


出典『ギリシャ・ローマ名言集』(岩波文庫)

2022年2月24日木曜日

次の本が出来るまで その229

かな文字


筆で手紙を書きたいと思いたち、書道教室に通ったことがあります。が、漢字の臨書で頓挫しました。いまだに手紙を書く時(ここ何年も年賀状以外書いたことはありませんが)一文字ずつ小学生の漢字ノートのように書いていました。細い筆で流れるように書いた手紙は美しいものですが、読むのはなかなか難しいようで、先日こんな文章に出会いました。

今の世に用ゆる所のかなは、尊圓以来の姿にやとおもはる。いと古き代のかな文は、一向何やらんよめ侍らず。かなの姿の今の世ならぬを、連綿して略しぬればよめぬはづ也。今時の女用のふみ、日用の手紙の略草も、古人を蘇生せしめなば、一向によめまじとおもはる。古のふみの詞遣(ことばづか)ひなぞは、今の代の好古のものは覚了し侍れ共、字体字行の違(ことな)る故によめぬ也。まして降れる代の文体、なをしも古人のよめかぬべき也。静斎先生の強記秀才にても、慈円のかなぶみは一向によめず。めでたくかしこのみよめたりとの事也。

尊円=尊円親王。伏見天皇の第六皇子。南北朝時代の書家。小野道風や藤原行成の書、さらに中国の書風をも取り入れて青蓮院流を確立。

静斎=斎静斎(いつきせいさい)江戸中期の儒学者。服部南郭に徂徠学を学び,京で講説。また医を業とした。

慈円=鎌倉初期の天台宗の僧。関白藤原忠通の子。九条兼実の弟。「愚管抄」の著者。

                『異説まちまち』文化十年(1813年)烏江正路

 

写真は昭和10年発行の『手紙講座』(平凡社)という本に掲載の見本です。読めない私が言うのも何ですが、こんな手紙がすらすら書けたら楽しいでしょうね。


※長谷川時雨、いい名前ですね。

2022年2月17日木曜日

次の本が出来るまで その228

幸福論 アラン


ぼくの考えをいうと、未来は考えないで、目の前のことだけを見ている方が好きだ。

事物の本性のなかに未来を読もうともしない。

誰の身に起ころうと重要な出来事はすべて予測を超えていて、予見できないものだ。


                    ❊


憂鬱症の人たちはどんな考えに対しても悲しい理由をちゃんと見つけてしまう。何を言われても傷ついてしまう。彼らを憐れめば、侮辱されたと思い、何も文句を言われないと、自分はひとりぼっちなのだと思いこむ。彼らはグルメのように、悲しみの味を賞味している。


                    ❊


ぼくがもっともよく慰められる考えは、混乱が引き起こされているほとんどすべての原因は、自分自身を考えすぎるということだ。


                    ❊


われわれの社会は、求めようとしない者には何ひとつ与えない。

使いたいと思っている者にはお金はたまらない。当然のことだ。なぜなら、彼の望んでいるのはお金を使うことであって、儲けることではないから。



※昨夜は大きな月を見た。美味しい筑前煮を食べた。少しギターが弾けるようになった。ささやかな喜び。


2022年2月7日月曜日

次の本が出来るまで その227

 ニーチェの言葉(2)


今回は本文より印象的な見出しを選んでみました。「蛇の牙」などはハードボイルド小説にありそうです。




光への敵意


知性のペシミスト


科学の砂漠にて


蛇の牙


罪悪感なき世界


勝利なき力


快感と錯誤


危険な書物


屈辱


成り上がり者の哲学


無垢な悪党


武装した無知


習俗とその犠牲


剽窃の天才


冷たい書物


展望と回顧


博物学の語り方


射手と思想家


ゲーテの錯覚


深いひとたち


幻滅


山中の漂白者の独り言


永遠の子供


隠匿の達人たち


時には


人食い人種の国から


倦怠


神々の嫉妬


言葉のにおい


彩色された骸骨


治療法としての戦争


運命と胃袋


※40年ぶりにギターを弾こうとしましたが、指先がマシュマロみたいに柔らかくなっていて、力をいれて押さえてもきれいな音が出ませんでした。情けないことです。


2022年1月26日水曜日

次の本が出来るまで その226

ニーチェの言葉(1)


ニーチェ全集(昭和49年、理想社)第五巻『人間的、あまりに人間的Ⅰ』より抜粋しました。不定期に掲載します。


病人の忠告者──

 病人に忠告をあたえる者は、それが受け入れられてもはねつけられても、相手に対する或る優越感を覚える。それゆえに敏感で誇りの高い病人は忠告者を自分の病気以上にもっと憎むのである。


待たせること──

 人々を憤慨させて邪悪な考えを思いつかせる確かな手段は、彼らを長く待たせることである。これは道徳的ではない。

自殺者の身内の者──

 自殺者の身内の者は、彼が自分たちの評判を顧慮して生きていてくれなかったことを遺憾とする。

証人が居合わせること──

 人は水に落ちた人間の後から二倍もいさんでとび込む、そうする勇気のない人々が居合わせている場合には。

一種の嫉妬──

 母親たちは自分の息子の友人たちが特別の成功をすると、すぐ彼らをねたむ。通常母親というものは息子そのものよりも息子のなかにある自己を愛しているのである。

さまざまな溜め息──

 幾人かの男たちは彼らの妻の駈け落ちを歎いた、たいていの男たちはだれも彼らから妻を奪い去ろうとしてくれなかったことを歎いた。


※次の本にと思っていましたが、うまく纏まりそうもないのでこちらに掲載します。

2022年1月14日金曜日

井伏鱒二『へんろう宿』

 『へんろう宿』井伏鱒二

──バスで寝過ごした私は遍路岬にあるたった一軒の宿屋「へんろう宿  波濤館」に宿泊することになった。この宿は宿屋としてはまったく貧弱であるが、五人も女中がいる。三人のお婆さんと、二人の女の子である。その日の夜中、隣の部屋で、泊りの客とお婆さんが、酒を飲みながら話をしているのが聞こえてきた──

『へんろう宿』は井伏が室戸岬への旅の途中に着想を得て書いた作品だと言われています。実際にこのような宿があったかどうかは不明です。

※YouTubeに朗読の動画があります。興味がある方はお聴きください。

2022年1月10日月曜日

次の本が出来るまで その225

 浪人の話


 天明の春ごろ、ひとり流浪の士が、六、七歳の男の手をひき両国橋にやって来た。

 見るからに粗末な衣服を着ているが、腰には一刀を帯している。男の子は破れた単衣(ひとえ)を着て、春先の寒さに身体を震わせていた。

 二三日食べていないと見え、子は「とと様、ままが食べたい」と訴える様子が、見ていても哀れだった。親は涙ながらに「今に何なりともたべさせん」と、だましつすかしつ来たところ、橋のこなたの店先に、ふかした琉球芋がうず高く積まれていた。それを見て子は「あの芋が食べたい」と泣きだした。

 この憐れな様子を橋ぎわで草履を直す非人が見兼ねて、声をかけた。

「誠に失礼ではございますが、私にも子供がおりますので、そのお子さまのひもじい思いはよくわかります。なにとぞそのお芋を差上げたく存じます。よろしければ食べさせてあげて下さいませ」と、小銭をさし出した。浪人は涙ながらに「さてさて情深きおこころざしかたじけなく存じます。お礼の申しようもございません。そのおこころざしありがたく頂戴いたします」と、すぐさま子供に腹いっぱい芋を食べさせ、その様子を親は涙ながらに眺めると、非人の前にやってきて「ごらんの通り十分に食べさせました。このお礼は死んでも忘れはいたしませぬ」と、涙とともに厚く礼を述べ、もと来た橋の方へ歩き出した。

 二人がちょうど橋の半ばに来た時、浪人は子供を抱えあげるといきなり川へ投げ入れた。人々が驚いている間もなく、自らも川に身を投げた。二人とも溺れ死んだという。不憫というも余りある話である。

                               『宮川舎漫筆』より


絵師:広重


※文章は現代文にしています。

2022年1月1日土曜日

次の本が出来るまで その224

   貧楽【ひん-らく】

貧乏でありながら楽しむこと。また、貧乏を楽しむこと。(論語-学而)

※今年のテーマはこれにしよう。

2021年12月25日土曜日

次の本が出来るまで その223

 冬歌

冬の歌を五首。読みづらいかも知れませんが嵯峨本フォントで組んで見ました。


※飛躍的な技術の進歩は人を幸せにするのだろうか、と考えてみた。関係ない気もする。