2015年8月5日水曜日

番外 志賀直哉「ノート」より

「戦争は悪である」というと、
 「そりゃ戦争は悪かもしれない。しかし、妻子を忘れ家を忘れて、敵へ向かって驀進する、すなわち忘我の意気はまた一種聖いものではないか。犠牲の精神が貴いものなら戦に行く軍人の心、その意気実に美しいものではないか。だから僕は戦争の善悪は問わん、むしろ賛美したいね。何んのかのいっていても、彼らは真面目だよ。机の上での非戦論なら誰でも出来るが、戦争に行く事は自分の生命を捨てるという事だからね。その意気たるや賛美すべしだ」
というような事をいう人がある。こちらも一寸ウッカリして居ると、感情からツイ同情したいという気にならぬともかぎらぬ。どうかすると、軍人を賛美したくもなる。
しかし我々はどこまでも根本を忘れてはいけない、その意気が愛すべしだろうがそれが戦争の悪を少しも弁護してはいない。別問題である。軍人が忘我の美しい心と、戦争の善悪とは何の関するところぞ、なお冷やかに考えれば狂気なる軍人である、その忘我とは。我々は常に根元を忘れてはならぬ。くだらぬ事で考えがふらつく事があるものだから。

※自らへの戒めとして