『チエーホフの手帖』より
お祖父さんに魚を食べさせる。
もしもお祖父さんが中毒しないで、命に別状がなかったら、
家じゅうの者が魚を食べる。
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悪德──それは人間が背負って生れた袋である。
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死は怖ろしい。だが、永劫に生きて決して死ぬことがないと意識したら、
もっと怖ろしいことだろう。
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特別寝台の乗客──それは社会の屑だ。
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ああ戦慄すべきは骸骨ではなくて、私がもはや骸骨に恐怖を感じないという事実だ。
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野原の遠景、白樺が一本。その絵の下の題名に曰く、〈孤独〉。
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自分が悪いと感じる人間だけが悪人であり、従って後悔もできる。
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幸運に恵まれた、何でもトントン拍子に成功する人間は、
時として何と鼻持ちのならぬことだ!
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まだ母親の胎内(はら)から出て来ない嬰児のように物を知らぬ男。
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彼は己の卑劣さの高みから世界を見おろした。
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あの世へ行ってから、この世の生活を振り返って
「あれは美しい夢だった……」と思いたいものだ。
※以前製作した『21のことば』より選びました。