2018年5月18日金曜日

次の本が出来るまで その94

忘八 ぼうはち


廣澤(こうたく)先生が人に誘われて、初めて新吉原の忘八へ行った時のことである。忘八の亭主は廣澤先生が来ていると聞きぜひとも一筆をと希望した。

先生は場所が場所だけに気乗りがせず断ったが、亭主は早々に文房の器を用意して重ねて乞うた。先生はやむを得ず筆を執り此処(このところ) 小便無用」と一行物を書いた。

亭主はそれを見てむっとしたまま不満顔でそれを受け取り、それ以上書を望むことは無かった。

その後ここへ晋子其角が訪れた時、噂を聞き「このままおかんことは無念なるべし、書き添えやらん」と、その下へ「花の庭」と付けたという。



※忘八とは遊女屋のこと。人が孝、悌、忠、信、礼、儀、廉、恥の八ツを忘れ、遊楽に耽る場所としてこう呼ばれるようになった。

※廣澤先生とは江戸時代中期の儒学者・書家・篆刻家の細井廣澤(ほそいこうたく)だと思います。