2023年2月18日土曜日

次の本が出来るまで その270

 『人生処方詩集』 E・ケストナー



生きるのがいやになったら……



自殺戎


きみにこの忠告をあたえたい

もしきみがピストルに手を伸ばし

頭をつきだし かけがねに手でも触れたら

ただではおかない


教授たちの教えを

もういちど おさらいするのか

善人はまれで

犬畜生は大ぜいいる と


また あのレコードの文句かい

貧乏人がいる そして金持ちがいる と

このやろう たとえ棺の中であろうと

きみの死体をぶんなぐってやりたい


きみに近況なんか どうだっていい

そんなカビの生えたたわごとは よしたまえ

世の中がばかげてることは

少年でも否定しない


なんとかして 全人類を改善すること

これがきみの計画ではなかったのか

あしたになれば きみはそれを笑うだろう

しかし 彼らを改善することはできるのだ


そうだ 大がいの人間と 有力者は

悪人で愚昧だ

しかし すねた男みたいな面をするのは よせ

生きながらえて やつらを くやしがらせろ




恋愛が決裂したら……



青年が夜明けの五時に


朝はやく きみとわかれると

しずかに きみの家を出る

裸の うすぐらい

わびしい街へ


枝の中では 雀たちが

けんか腰で 最初の歌をうたっている

その下に 猫が二匹すわっている

食欲のために 木のようになって


きみは まだ いつまでも 泣いているだろうか

それとも もう 眠っているだろうか

いいかげんに はやく

もっといいひとに 出遇うと いい


パン屋の店の中では

ケーキが 石になっている

目覚ましが 狂ったように 目をさまし

うなって また 寝こむ


夜と昼のあいだには

まだ 大きな幕あいがある

そして ぼくは うちへ帰る

自分が きらいになったから


きみの窓の中には

まだ一部分 灯がともっている

きみは まだ いつまでも 泣いているだろうか

まもなく 陽がさすだろう

しかし まだ ささない


※昔むかし、寺山修司の本で名前を知り、角川文庫で読みました。半世紀前の話ですが、少し胸がチクチクします。