2023年3月30日木曜日

次の本が出来るまで その273

 マヨネーズ Mайонез



作:アントン・チェーホフ



役人が賄賂を取った。背徳行為の行われたその瞬間、上役が入って来て、感謝の紙幣の握られた拳を疑わしげにじっと見つめた。

役人はひどく狼狽した。

「ちょっとあなた!」と彼は、拳を開きながら、陳情者に向って言った。

「あなたは私の拳のなかへ何かお忘れになりましたよ!」



                   



ペテルブルグの新聞記者N・Zは、産業博覧会を視察しながら、ふとある展覧場に注意をとめて、何か書きはじめた。

「この二十五ルーブリ札を落としたのはあなたじゃありませんか?」

その展覧場の主人が、彼に紙幣を渡しながらこう言った。

「私が落としたのは、二十五ルーブリ札二枚だったがね!」とっさに記者が言った。

出品人はその頓智ぶりに舌を巻いて、彼に二十五ルーブリ札をもう一枚渡した。

これは小説にあらず、正真正銘の事実である。



※タイトルの意味がわからない。

2023年3月20日月曜日

次の本が出来るまで その272

 志賀直哉の手帳


志賀直哉は帝大生の頃、新しく奉公にきた女中のC(18)に恋心をいだくようになりました。


その思いを書き留めた手帳には


○ Cとの交わりは多少肉欲的になった。

夫婦になろうと約束する前までは余は彼の肉体にふれたのは、或る夜、暗い所で懐中時計を彼から受け取る時に、余の指の先がCの掌にふれた事、これ位なものであった。しかし今は、彼と抱き合って一時間近くも話した。 肉欲的である。(明治40年8月25日)



○ 余は今夜彼とcoupleになった。

余は今日より真に真に真面目にならねばならぬ。この後不真面目であるならば余は大罪人である。地獄に行くべき大罪人である。Cは如何な事情があっても余の妻である。(8月25日)



○ 二人の交わりは漸く肉欲的になりつつある。肉欲程恐ろしいものはない。肉欲程一時的なものはない。而して二人の交わりはその恐ろしき一時的なる肉欲に近づきつつある。(8月26日)



「乃公(おれ)は貧乏するんだがお前貧乏してもいいかい」

「いい事はありませんけれど仕方ありませんわ」

「貧乏はいやか」

「ええ、いやですよ」

「うまいものが食いたいのか」

「うまいものなんかチットモたべたかありませんよ」

「ぢゃいい着物が着たいのか」

「ええ」

「いい着物が着たい」

「ええ、いい着物は着とうございますよ」

「うまいものは食わなくってもいいからいい着物が着たいか」

「ええ」

Cはそれを当然な事のように平気で言った。

彼はたしかに善人である。(8月28日)


                  『志賀直哉全集第十五巻』より



※本人はかなり熱くなっていますが、当然まわりは猛反対し、けっきょくCは実家に還され、この恋は破局を迎えます。

2023年3月11日土曜日

次の本が出来るまで その271

貴重な存在 Rara avis


作:アントン・チェーホフ


 犯罪小説の作者が刑事と話をしている。

「ひとつ、ならず者や無宿者の巣窟に案内してくださいませんか。」

「お安いご用ですとも。」

「それから、殺人犯の二、三のタイプに引き合わせてください。」

「それも大丈夫です。」

「それと、秘密の魔窟にもぜひ行ってみたいんですが。」

 さらに作家は、贋札造りだの、ゆすりだの、詐欺師だの、夜の女だの、男妾だのに紹介してくれと頼む。

そのどれもに刑事は答える。

「それも大丈夫です……いくらでもいますよ!」

「もう一つお願いがあるんですがね。」最後に作家が頼む。

「小説の中に、コントラストをつける意味で、立派な人間を二、三人ださなきゃなりませんので、ひとつ、申し分ないほど公正な人を二、三人教えてくださいませんか……」

 刑事は天井に眼をやって考えこむ。

「ふむ……」彼はうなる。「いいでしょう。探してみますよ!」



※チェーホフはコントをたくさん書いていますが、よくわからないものも多くあります。私が無知なだけですが。

2023年2月28日火曜日

K・マンスフィールド『パール・ボタンはどんなふうにさらわれたか』


『パール・ボタンはどんなふうにさらわれたか』 K・マンスフィールド


K・マンスフィールドはニュージーランド出身の作家です。主にイギリスで作品を発表していましたが、病のため34歳の若さで亡くなりました。中流階級の家庭に起きるささいな事件とそれにまつわる人間心理の機微を描いた作品群は、現在も高く評価されています。この長いタイトル『パール・ボタンはどんなふうにさらわれたか』では、少女(5歳ぐらい?)の心の動きを生き生きと描き出しています。


※確定申告などでバタバタしていたら、こんな時期に。

2023年2月18日土曜日

次の本が出来るまで その270

 『人生処方詩集』 E・ケストナー



生きるのがいやになったら……



自殺戎


きみにこの忠告をあたえたい

もしきみがピストルに手を伸ばし

頭をつきだし かけがねに手でも触れたら

ただではおかない


教授たちの教えを

もういちど おさらいするのか

善人はまれで

犬畜生は大ぜいいる と


また あのレコードの文句かい

貧乏人がいる そして金持ちがいる と

このやろう たとえ棺の中であろうと

きみの死体をぶんなぐってやりたい


きみに近況なんか どうだっていい

そんなカビの生えたたわごとは よしたまえ

世の中がばかげてることは

少年でも否定しない


なんとかして 全人類を改善すること

これがきみの計画ではなかったのか

あしたになれば きみはそれを笑うだろう

しかし 彼らを改善することはできるのだ


そうだ 大がいの人間と 有力者は

悪人で愚昧だ

しかし すねた男みたいな面をするのは よせ

生きながらえて やつらを くやしがらせろ




恋愛が決裂したら……



青年が夜明けの五時に


朝はやく きみとわかれると

しずかに きみの家を出る

裸の うすぐらい

わびしい街へ


枝の中では 雀たちが

けんか腰で 最初の歌をうたっている

その下に 猫が二匹すわっている

食欲のために 木のようになって


きみは まだ いつまでも 泣いているだろうか

それとも もう 眠っているだろうか

いいかげんに はやく

もっといいひとに 出遇うと いい


パン屋の店の中では

ケーキが 石になっている

目覚ましが 狂ったように 目をさまし

うなって また 寝こむ


夜と昼のあいだには

まだ 大きな幕あいがある

そして ぼくは うちへ帰る

自分が きらいになったから


きみの窓の中には

まだ一部分 灯がともっている

きみは まだ いつまでも 泣いているだろうか

まもなく 陽がさすだろう

しかし まだ ささない


※昔むかし、寺山修司の本で名前を知り、角川文庫で読みました。半世紀前の話ですが、少し胸がチクチクします。

2023年2月6日月曜日

次の本が出来るまで その269

 『与謝野晶子自選歌集』より


京都に関連する歌を選んでみました。



※情景描写が秀逸ですね。いやほんとに。

2023年2月1日水曜日

次の本が出来るまで その268

広告


写真週刊誌「FOCUS」の創刊号〜5号より抜粋した広告をいくつか。創刊は1981年)


※別にたいした話ではございませんのよ。もうそんな前だったのかと思っただけ。

2023年1月26日木曜日

次の本が出来るまで その267

 ある器官


 人々がこの器官のままならぬ自発性を発揮するのも無理はない。この器官は、別に必要のないときに、いやにうるさく出しゃばるくせに、何より必要なときに、折あしく萎縮する。また、独断でいかにも傲然とわれわれの意志に刃向かい、まったく尊大に頑強に、われわれの心や手の勧告をしりぞける。
 それにしても、人がこの器官の反抗を非難し、それを証拠にこの器官を断罪しようとするのに対して、もしこの器官が私に弁護を頼んでくるようなことがあるならば、おそらく私は、その仲間である他の諸器官に嫌疑をかけるであろう。他の諸器官は、この器官の機能の重要さと快さを羨むあまり、偽証をならべて訴訟を起こし、彼ら一味に共通する過失を意地悪くもこの器官ひとりに負わせ、この器官に敵対して全世界を武装させようと陰謀をたくらんだのではあるまいか。


※まあ、むかしはねえと遠い眼に。

2023年1月20日金曜日

次の本が出来るまで その266

『ボルヘス怪異譚集』より


 警告


カナリア諸島に巨大な騎兵の青銅像が立っていて、これが剣で西方を指していた。

台座にはつぎの文句が刻まれていた。

引き返せ。わしの背後には何もない。

                        R・F・バートン『千夜一夜物語』二巻百四十一


※寝て起きて食べて寝て起き食べて寝て

2023年1月12日木曜日

次の本が出来るまで その265

 アンディ・ウォーホール展

楽しみにしていたアンディ・ウォーホール展に行きました。

初めて見る作品や有名な作品が展示されていましたが、画集などで見たものと同じで、実物に出会う感動は残念ながらありませんでした。絵画と違うコンセプトで制作されているので、当然といえば当然ですが。

※写真OKだったので、何枚か撮りましたが、下手ですね。

2022年12月31日土曜日

次の本が出来るまで その264

 葛飾北斎 長寿の薬法


北斎が88歳の頃、知人が翁の長寿にして気力毫も衰えざることを称賛したところ、翁答えて「我に自製の妙薬あり、常にこれを服するがゆえに然るを得たるなり」と云って、その調剤法を手書して与えた。



文に曰く、


  龍眼肉   皮を去り  目方 拾六匁

  太白砂糖           八 匁

  極上々焼酎          壱 升


  壺に入れ能々封じ日数六十日

  置きて朝夕猪口にて二つ宛御用ひ


右者長寿之薬に而候此故に八十八歳之唯今を

無病に而罷有候

              畫狂老人 卍 ㊞

              齢八十八歳



竜眼肉:ムクロジ科リュウガンニクの果実の仮種皮を乾燥させたもので漢方薬として用いる。滋養強壮、鎮静の作用があり、精神障害、不眠症、健忘症、食欲不振、貧血などに効果があるという。
※いちど買ってみよう。ことしもよろしく。

2022年12月16日金曜日

森鷗外『團子坂』

 『團子坂』森鷗外


鷗外の一幕物のひとつ『團子坂』です。登場人物は帝大生とおぼしき男学生と、裕福な家のお嬢さんらしき女学生。二人は交際しているようです。しかし真面目な男学生は、女学生が望むような「清い交際」を続ける自信がなく、そのうちに自分は狼になってしまうだろうと告白します。さて女学生は……。

団子坂は文京区千駄木2丁目と3丁目の境にある坂で、坂の下に団子屋があったことからこの名がついたと言われています。坂を登ると鷗外の住居「観潮楼」があります。


※この作品は随分前に用意していましたが、なかなか作る機会がありませんでした。

2022年12月7日水曜日

次の本が出来るまで その263

 ゲーテ格言集から



人間こそ、人間にとって最も興味あるものであり、

恐らくはまた人間だけが人間に興味を感じさせるものであろう。


♣︎


なぜこう悪口が絶えないのか。人々は、他人のちょっとした功績でも認めると、

自分の品位を損ずるように思っている。


♣︎


生活はすべて次の二つから成り立っている。

したいけれど、できない。

できるけれど、したくない。


♣︎


有能な人は、常に学ぶ人である。


♣︎


豊かさは節度の中だけにある。


♣︎


卑怯者は、安全な時だけ、居丈高になる。


♣︎


だれひとり知る人もない人ごみの中をかき分けて行く時ほど、

痛切に孤独を感ずることはない。


♣︎


年をとることは、何の秘術でもない。

老年に堪えることは、秘術である。


♣︎


青年は教えられるより、刺激されることを欲する。



♣︎


苦しみが残して行ったものを味わえ!

苦難も過ぎてしまえば、甘い。



※食って寝ていつのまにやら年の暮。気忙しい時期です。


2022年11月28日月曜日

次の本が出来るまで その262

 結婚シーズンに──ある結婚ブローカーの手帖より──


チェホフ


クーチキン、イワン・サーヴィチ(男)

 県書紀、四十二歳、ぶ男、あばた、鼻声、だが風采は立派。良家に出入りを許され、陸軍大佐夫人の叔母あり。借金取立てにて生活。ぺてん師だが、全体に立派な男。良家の生まれでフランス語を話す十八~二十歳の娘を物色中。眉目秀麗にして、一万五千~二万の持参金を是非とも必要とす。


フェシキン(男)

 退役将校。酒を飲み、リウマチを病む。看病してくれる妻を望む。寡婦でも可。ただし二十五歳以下にて、財産持ちに限る。


プルドノフ(男)

 写真修正業。抵当に入らぬ、年に二千以上の収益ある写真屋を持つ花嫁を求む。酒を飲むが、常時ではなく、ただし泥酔する。ブルネットにして、眼黒し。


グヌーシナ(女)

 寡婦。家作二軒および現金十万あり。将軍を求む。退役にても可。左眼にようやくみえるほどの白そこひあり。話す時シュウシュウ言う。寡婦だが、実質的には処女。というのは、先夫が婚礼の当日、四肢の震えにかかったからであると断言している。


オンナスキイ、ヂフテリイ・アレクセーイチ(男)

 芝居の役者。三十五歳、身分不詳。父親がウォッカ工場を持つと言うが、おそらくはほら話だろう。常に燕尾服と白ネクタイを着用す。他の衣服を持たぬゆえなり。嗄れ声のために劇団を退く。金さえあれば体型問わず。商家の娘を望む。


マルポチャノフ(男)

 もと二等大尉、官金費消と公文書偽造のかどでトムスク県へ流刑を宣言される。一緒にシベリアへ行く覚悟のある孤児の娘を仕合わせにしたいと望む。貴族の生まれの娘に限る。


※1885年頃に書かれたもの。

2022年11月15日火曜日

次の本が出来るまで その261

唐詩二首


語訳:秋既に来たり、北風が吹起って空高く白雲が飛んでいる。私は故郷を遠く離れて、今この汾河を渡るのだ。この草木凋落の折に逢い、私の心は千々に乱れ、秋声はとても聞くに堪えられない。


語訳:秋の夕日が村里を照らし、何とはなしに物悲しい心に迫られて来たが、語るべき人もなく、この心を慰めることも出来ない。彼方に見える荒れ果てた古道、そこを通る人影もなく、秋風がうら悲しく禾黍をそよがせている。


※招待券をもらったので泉屋博古館へ木島櫻谷展を見にいきました。天気もよく気持ちのいい一日でした。


2022年11月2日水曜日

次の本が出来るまで その260

 恋愛談義 ラ・ロシュフコー


恋愛を定義することはむずかしい。われわれが言いうることはただ次のことだけである。

すなわち、「それは霊魂においては支配の情熱、精神においては思想の一致、そして

肉体においてはいろいろな儀式を重ねたすえにけっきょく愛するものを所有したいという

隠れたそして機敏なる欲望。」



もう愛しあわなくなったときにかつて愛しあったことを思いだして恥ずかしく思わないものはまれである。



恋愛をその大部分の結果によって判断すると、それは愛情よりもかえって憎しみのほうに似ている。



恋愛はただひといろしかない。だがその模写(コピー)はさまざまで千をもってかぞえる。



一ぺんも恋愛をしたことのない女を見いだすことはできるが、ただの一ぺんしか色恋をしたことのない女はまことにまれである。



恋愛は火と同じく、不断の動揺なしには存続することができない。だから、希望したり心配したりすることをやめれば、それっきり命たえる。



ほんとうの恋愛は幽霊みたいなもの、皆がその話をするが、正体を見たものはほとんどいない。



※何でしょうね、あのザワザワした感情は。

2022年10月24日月曜日

次の本が出来るまで その259

おどし 

アントン・チェホフ 


ある旦那の屋敷で、馬が盗まれた。

あくる日の新聞という新聞に、次のような声明が載った。

──「もし馬が返されなければ、必要じょう私は、かつて同様な場合に私の父が取ったと同じ極端な措置に訴えねばなるまい。」

おどしは効き目があった。

馬盗人は、何がこわいかは知らないながら、何か異常に恐ろしいことを予想しておびえ、ひそかに馬を返した。

旦那は事件がこんなふうに決着したのを喜んで、友人たちに向かって自分が父親の轍(てつ)を踏む必要がなくなってとても仕合わせだと打明けた。

「しかし、あなたのお父さんは何をなさったのですか?」とみんなは彼にたずねた。

「私の父が何をしたかとおききになるんですね? じゃ言いましょう。……宿屋で馬を盗まれた時、父は自分で鞍を背負って、歩いて家へ帰って来ました。誓って言いますが、泥棒があんなに善良で親切でなかったら、私も同じことをするところでしたよ!」


※かの国の脅しは効果はありやなしや。


2022年10月14日金曜日

中島敦『和歌でない歌』

『和歌(うた)でない歌』 中島敦


今回は小説ではありません。中島敦に『和歌(うた)でない歌』という作品があります。世界の文学者や哲学者、音楽家などを歌に詠んだものです。今回、このうちの34人を選んで、その人の言葉とシルエット、解説を加えたものを作りました。何と呼んでいいのかわからない代物です。どんな体裁の本にするかも決められず、ぐずぐずしていたら今になってしまいました。


※小さな本には扱いにくいテーマでした。

2022年10月5日水曜日

次の本が出来るまで その258

 子日庵(ねのひあん)終焉奇事


子日庵三我(ねのひあん さんが)という人物は、お旗本松田某の家来で、俗称平野某という。若い頃より俳諧の道を嗜み、謂濱庵蛙水(いひんあん あすい)の門に入り、終に子日庵三我という雅名を名乗り、その門葉も栄えつつ、耳順(じじゅん)の歳になっても、きわめて健康で、寝込むこともなく過ごしていた。


嘉永四亥年八月十五日には

  夜の明けは  しらでしまひぬ  けふの月

と詠み、名月を眺めて、畳の上に横になっていた。

月に嘯(うそぶ)きての仮寝かと思っていたが、よく寝ているようで、いつまで経っても起きてこない。風邪でもひいたら大事と、伜が小夜着を着せに行ったところ、いつのまにか事切れていた。身体が冷たくなっていたのに驚いた家族が、種々手当などしたが、その甲斐もなく亡くなった。


不思議なことに、前日の十四日には社中を残らず廻り、そのうちの松崎某の奥方には不快見舞として、葡萄一籠を手土産に持参し、しばらく話して帰ったという。しかし死後に聞いたところ、伜がいうには、十四日には気分もよく、終日自宅に居て外へは出ていないという。さてこれは不思議なこともあるものだ。


それだけでなく、もっと奇妙なのは、深川霊巌寺脇の棺桶屋へ出家(坊主)一人同行して、棺桶の注文をし、細々としたことは、明日言うからと約束し帰ったという。さて十六日の朝、棺桶屋が来て、「一昨十四日御隠居様お誂えの棺桶、昨日までにお定めくださるとお聞きしていたところ、いまだにご連絡なくどうしたものでしょうか」と言うのを聞いて、伜を始め周りの皆がびっくり仰天した。伜はともかくも今必要なものなので、直ぐに注文した。


このように自分の棺桶まで求め置いて臨終することは、実に日頃の覚悟まで思われ、いと不思議にも尊き終わりならずや。

                           「宮川舎漫筆」より


※怖い話のようでそうでもない話。