2022年4月13日水曜日

次の本が出来るまで その234

 第五列

 サマセット・モームの『極めて個人的な話』を読んでいたら、この言葉がでてきました。話の筋から意味は想像できましたが、言葉は知りませんでした。どうやら「スパイ」のことを言うらしいです。モームは一時期イギリスの情報局の仕事をしていたので、このへんのことは熟知していて、普通に暮らしている人の中にもスパイはたくさん居ると書いています。

人間観察に長けたモームが、大戦当時のエピソードとして書いている文章が面白いので転載します。

  つぎに、わたしが直接知っている小話をしるすことにしよう。
 ある子どものない夫婦が──たぶん、ささやかな収入が少しでもふえることを喜んだのであろう──夏だけ下宿人として、英語を習いたがっている小さなドイツの少年を一人家に置いた。かわいい少年で、夫婦は彼が非常に好きになった。この少年の来訪は、相互にとってすこぶる上首尾だっので、毎年繰り返された。イギリス人の夫婦はまるで実の子のように彼を愛するようになった。そして少年も彼らを熱愛しているように思えた。戦争が勃発したとき、彼は十六歳だった。夫と妻はひどく重い心をいだいて、ドイツへ帰る少年を見送るために、彼を駅へ連れて行った。彼らは餞別を贈りたく思って、十六の少年が好きそうなもの、ネクタイやハンカチやスカーフを買っておいた。そしてこれらを一つの包みにして、彼が汽車に乗りこんだとき、それを彼に手渡した。妻は、ほほを伝って流れる涙の中から、彼に別れのキスをした。少年は別れるのがつらくて悲嘆にくれているらしかった。しかし汽車が動き出したとたんに、彼はその小包みを夫の頭めがけて投げつけ、窓から身を乗り出すと、妻の顔につばをはきかけた。

 

※ 『極めて個人的な話』(S・モーム全集別巻・新潮社・昭和39年)より。よくできた短編を読んだ気がしました。

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