言葉
ばんほがん ちぇかっぷ おるまいす でちんしゃ さかさかま ばなま まねよーず たがも けぱっちゅ めなげ おしゅくり とうころもし
誘惑
ウインクを送ったら、女が親切にもまぶたの下になにかできているのではと聞きに来てくれる。そんなとき、男は自分がもう若くはないことに気づく。
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愛情
二年前から熱愛していた男にこころならずも身を任せるよりも、二度しか会っていない男と
教会で三言ばかりラテン語をしゃべっただけでベッドに入る方がずっと猥褻である。
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病気
元気な人々は、それと知らない病人である。
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医学
医学はこの一世紀、絶え間なく進歩してきた。何千という新しい病気を発明することによって。
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風邪
風邪は治療すれば七日間続くが、もし何もしなければ一週間続く。
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ヒッチハイクをする女
ヒッチハイクをする女とはたいていの場合、美人で短いスカートをはき、あなたが妻と一緒に
車に乗っているとき道路に現われる若い女性である。
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会話
自分の妻に向って夫が言った。「ぼくたち二人のうちどちらかが死んだら、ぼくは田舎へ行って暮らすつもりだ。」
※唇の端が少し上がるぐらいの笑顔を期待して。
※生の葱を囓ったような苦い味がする作品でした。(個人的な感想です)
神童
それは多くの場合非常に想像力の豊かな親をもった子供のことである。
大衆
大衆は真実も単純さも好まない。彼らが好むのは作り話といかさま師だ。
怠惰
怠惰とは、何もしないでいる時間をもっとふやすために午前六時に起きることである。
寛大さ
寛大さは無関心の最悪の形態である。
幸福
幸福であるだけでは十分でない。他人が不幸でなければならない。
老い
老いることは、いまだに長生きする唯一の方法である。
※たまには夜空をながめて見よう。
アイスランド語の「羊」はデンマーク語の「子」と似ている。
デンマーク妃アレクサンドリアがアイスランドの植民地のエピスコポス(僧官)を訪うたとき可笑しいことがあった。
妃「子供は何人おもちです。」
僧「二百おります。」
妃「お世話が大変でしょう。」
僧「なに、草原に放して置いて片端から食べます。」
「椋鳥通信」より
※お後がよろしいようで。
※それにしても気が遠くなるような仕事ですね。
昔の本にでてくる女性はたいてい着物を着ています。
たとえばこんな感じです。(出典は忘れましたが、たぶん泉鏡花だと思います)
黒塗の艶(つや)やかな、吾妻下駄(あずまげた)を軽(かる)く留めて、すらりと撫肩(なでがた)に、葉に綿入れた一枚小袖、帯に背負揚(しょいあげ)の紅(くれない)は繻珍(しゅちん)を彩る花ならん、しゃんと心なしのお太鼓結び。雪の襟脚(えりあし)、銀の平打(ひらうち)の簪(かんざし)に透彫(すかしぼり)の紋所、後毛(おくれげ)もない結立ての島田髷(しまだまげ)、背高く見ゆる衣紋(えもん)つき、備わった品の可(よ)さ。(後略)
など、たぶん美しい女性であることは想像できますが、着物の知識がないわたしは、その容姿を具体的にイメージできません。残念です。
同じ鏡花の作品に「当世女装一班(とうせじょそういっぱん)」というのがあります。
女性が身につける衣装をひとつずつ解説したものです。
モデルは西鶴の「一代女」にでてくる理想の美人です。
「年は十五より十八まで、當世顏は少し丸く、色は薄花桜(うすはなざくら)にして、面道具(おもてどうぐ)の四つ、不足なく揃ひて、目は細きを好まず、眉厚く、鼻の間狭(せは)しからず次第高(しだいだか)に、口小さく、歯並(はならび)あらあらとして皓(しろ)く、耳長みあつて緣淺く、身を離れて根まで見え透き、額はわざとならず自然の生えどまり、首筋立ち伸びて、後れ毛なしの後髪(うしろがみ)、手の指はたよわく長みあつて爪薄く、足は八文三分に定(さだ)め、親指反(そ)つて裏透きて、胴間(どうのあいだ)常の人より長く、腰しまりて肉置(ししおき)逞ましからず、尻付豊やかに、物腰、衣裳つきよく、姿に位(くらい)備(そな)はり、心立(こころだて)おとなしく、女に定まりし藝優れて萬に昧(くら)からず、身に黒子(ほくろ)一つも無きを望み……」
この女性が入浴後身につける衣服を順番に解説しています。興味のある方は探してお読み下さい。
※八文三分はいまの20cm、かなり小さいですね。
花押はいわゆるカキハンである。この書き判はその穴の数によってその人々の性に五行の木火土金水の相生相克比和を考えて文字を決める。この点と画は梵字悉曇の崩しだと云う説もあるから吉凶を生じる理のないことでもない。弘法大師は三界のもの一切みな文字であるといったのはこの事であろう。(解説本より)
※単なるサインとは違う意味があるようです。
死生に関する警句をいくつか
人生は一種の死病である
ルイ・ニュセラ
ゆりかごから柩までは1メートルしか離れていない
不詳
彼が自分の墓に刻んで貰うのを《見たがった》墓碑銘
《助けてくれ!》
ジャック・スタンバーグ
家番の戸口から盗んできた次のような張り札が、墓の上にぶらさげてあった。
─《すぐ帰ります》
不詳
遺書
余、ヴォランスキーは、死期の近いことを知って、この遺書を認める。それは余の家族に対する余の評価が、余の彼等に遺贈するものの少なさに比例することを知って欲しいためである。
余が最愛の妻に対しては、庭の奥の小屋の床下にかくしてあるポルノ写真をおくりたい。彼女と嘗て一度も共にしたことのないあらゆる痴態について彼女に感謝するために。
弟のルイに対しては電気鋸をおくりたい。余のため嘗て一挙手一投足の労も取ったことのない彼が、この鋸で片腕を切り落とすことを願いながら。
ジョルジュ・ヴォランスキー
アメリカで、数十発の弾丸を撃ちこまれて暗殺された黒人の死体を見て、人種差別主義者の保安官が宣言した。
─《なんというむごい自殺だろう!》
不詳
※世の中は市の仮屋のひとさわぎ誰も残らぬ夕暮れの空
『老婆』ツルゲーネフ
ツルゲーネフは、ドストエフスキー、トルストイと並んで、19世紀ロシア文学を代表する文豪といわれています。日本に登場したのは明治初期で二葉亭四迷によって翻訳・紹介されました。今回は晩年の詩文集『散文詩』より「対話」「乞食」「老婆」「だれの罪」「のろい」を掲載しました。前回の「宿命」とどちらを先に作るか迷ったのですが、こちらが後になりました。作品の世界は共に通じるものがあります。興味のある方のために「乞食」を載せておきます。
※表紙はジョルジョ・モランディ(Giorgio Morandi, 1890年 - 1964年)
自宅の居間か書斎(どちらもないけど)に飾りたい絵です。
自殺倶楽部
露国には自殺倶楽部が出来ていると噂せられる。会員はいつでも自殺することを厭(いと)わぬという約束をしている。集会の時に虎と猟人と言う遊びがある。男女を一組にして籤引(くじびき)で虎と猟人とにする。室内を暗くする。虎になったものは衿(えり)に鈴を付ける。猟人になったものは拳銃を持つ。他の会員は危険のない処に避けて見物する。そこで虎が逃げまわる。鈴の音をあてに猟人が追いまわって射撃をする。六発打って中(あた)らなければ、虎と猟人とが入れかわる。一人死なねば止めぬのである。又シャンパンに二十本に一本の割でモルヒネを沢山入れて、会の席で飲む。先ずこんな風にして遊びながら自殺するというのである。
「椋鳥通信」より
※遊びにしては怖すぎる。よいこはまねをしないでね。
言う者は知らず 知る者は言わず。
よけいな、不確かなことを喋々するほど、見苦しきことなし。
いわんや毒舌をや。
何事も控え目にせよ、おくゆかしくせよ、むやみに遠慮せよとにはあらず。
一言も時としては千金の価値あり。
万巻の書もくだらぬことばかりならば糞紙に等し。
損得と善悪を混ずるなかれ。
軽薄と淡白を混ずるなかれ。
真率と浮跳とを混ずるなかれ。
温厚と怯懦とを混ずるなかれ。
磊落と粗暴とを混ずるなかれ。
機に臨み変に応じて、種々の性質を表わせ、一有って二なき者は、上資にあらず。
(夏目漱石『愚見数則』より)
※たぶんこれは掲載していないと思いますが、ダブっていたらゴメンナサイ。